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昼の部、スタート【勇輝視点】
「はいは~い、みなさん、こんにちは~。本日司会とチャチャ入れを担当させていただく事になりました、慎吾で~す」
先にマイクを持ってステージへと上がった慎吾の声で、イベントはスタートした。
これがもう、驚くべきうるさ...いやいや、賑やかさ。
配った整理券の番号は、結局300を軽く超えたらしい。
これまでそんな人数の女性の前に立った事などなく、さすがにちょっとビビる。
「おい、誰だよ...100人も来たら御の字とか言ってたの」
「まったくだよ。そりゃあ夜の定員も、60人の見立てじゃオーバーするわけだ。つか、ほんとにこんな人数が俺らのファンなのか!?」
幕間からチラリと覗いて見れば、年齢も雰囲気も、見事にバラバラな女・女・女......
これはある意味、圧巻だ。
航生は緊張のあまり、手のひらに『のの字』を書いて飲み込んでいる。
......って、バカ!
書くなら『人』って字だろうよ。
ドキドキして変な汗をかいている俺らに対して、イベント慣れしている慎吾は落ち着いた様子で注意事項と物販について説明を始めた。
「すげえな、慎吾...まあ、元々そんなに緊張するタイプではなかったけどさぁ。さすがにこの人数だぞ?」
「JUNKSのCD発売ライブとか、500人以上お客さん集めたらしいですからね......」
「え、そうなの? そういうの、ゲイビの世界では当たり前?」
「んなわけないじゃないですかぁ。イベント自体は時々やってるみたいですけど、普通はせいぜい集まっても100いくかいかないくらいのはずですよ。JUNKS人気が異常なんですって。その中でも、慎吾さんと武蔵さんは断トツ人気でしたからね...たぶんこのくらいの人数なら見慣れてるんじゃないですか? ライブ以外にもよくイベントやってましたし」
「はあ...そうなんだ......」
俺の中ではやっぱり昔の、少し幼かった頃のイメージが残っているし、ここ最近は航生にデレデレしている顔しか印象にない。
関西で慎吾自身が築いていたという特殊な世界での圧倒的人気に、正直驚いた。
まあ、それで言うなら俺も充彦も、やはり特殊な世界の中での尋常ではない人気者になるんだろうけど。
「それでは、皆さんおまちかねですよね。今日の主役...みっちゃん、勇輝くん、航生くんの登場です!」
慎吾の声に合わせて、渡されたワイヤレスマイクを手にゾロゾロと出ていく。
「キャーッ、勇輝ーっ!」
「みっちゃん、カッコいいーっ!」
「航生くーん!」
耳をつんざくような歓声に、一瞬目眩を起こしそうになる。
パチパチと激しく瞬きを繰り返していると、慎吾にプッと笑われた。
「勇輝くん、緊張してんの?」
「い、いや、別に緊張してるわけじゃないんだけど...女性のこの熱気に頭がクラクラしそう。つか、マジで緊張してる奴、ここにいるから」
「ハッ! ちょ、ちょっとまだこっちに話を振らないでください。心の準備が......」
「な? 緊張してんだろ?」
「いやん、ほんまや~ん。航生くん、めっちゃかわいい......」
「はいはい、盛らない盛らない。ここ、公衆の面前だからね」
少しおちゃらけながら必死に場の空気を盛り上げようと俺と慎吾が喋る中、充彦は涼しい顔で客席に向かってにこやかに手を振っている。
「話に加われよ!」
ペチと額を叩くと、それだけで『キャーッ』の声が大きくなった。
......あ、なんかこれ、面白いな...
わざと『あ、躓いた』なんて言いながら、充彦の胸に飛び込んでみる。
当然というか予想の通り、キャーッキャーッが大きくなった。
思わずニーッと笑いが溢れた...ところで慎吾にマイクでゴンと頭を叩かれる。
「勇輝くん、今いらん事考えてたやろ?」
「いらん事っていうか...楽しい事?」
「まあそれやるのは自由やけど、一応まだ昼間やからね。それに、今やり過ぎたら夜のイベントでやる事無いなるで?」
「うーん...ま、夜はもっと過激な事やるからいいんじゃね?」
言うが早いか、俺は充彦の首に腕を回してブチュッと唇を唇に押し付けた。
嫌がるかと思いきや、充彦の手は俺の腰へと回される。
なんだ、すっかりヤル気じゃん...少しだけ唇に隙間を作れば、当たり前だと言わんばかりにすぐに舌が滑り込んできた。
......所で、焦ったように航生が俺達の体を引き離しにかかる。
「ダメーッ! 何を人前でベロチューしてるんですか!」
必死で俺と充彦の体の間に割って入ろうとする航生。
しかしその苦労は、すぐに無駄なものになる。
俺と近い思考回路を持っている慎吾が航生の顔をムギュと固定すると、これもまた当たり前のようにその唇に噛みついた。
そりゃあもう、客席は大騒ぎに大喜び。
そしてイベントスタッフさん達はバタバタと走り回りだす。
しばらくお互いがお互いのパートナーの唇の感触を楽しんだ。
人前でマズイ事をやる趣味はないが、これほど堂々と大人数の前でイチャイチャする機会も無い。
妙な高揚感を感じながら右手を充彦のシャツの中に入れようとしたところで...猛烈な邪魔が入った。
パコーンという乾いた音と同時に、目の前にはチカチカと火花が散る。
思わず後頭部を押さえてしゃがみこむと、すぐ隣では慎吾も同じポーズを取っていた。
「おめえら、いい加減にしろ! ファンサービスでもなんでもなく、普通に楽しんでんじゃねえか!」
ちょい涙目で見上げれば、どこから持ってきたのか便所スリッパ片手に仁王立ちになった社長の姿。
俺らがやり過ぎだと判断したスタッフが、急いで社長を呼びに走ったらしい。
まあね、仕切り役のはずの慎吾までベロベロチュッチュしだしたし、今止めなきゃ色んな意味で止まらないわな。
「いた~い」
「うるせえ! ちゃんと続きやれよ!」
「続きって...え? 公開セックス?」
社長のスリッパが再び振り上げられたのを見て、俺はアッカンベーをしながら充彦の陰に隠れた。
「ごめんごめん、ちょっとふざけすぎたわ。ちゃんとやるから社長帰って」
さも可笑しそうに笑いを噛み殺しながら、充彦が社長をステージ袖へと促す。
「はい、今のオッサンがうちの事務所の社長で~す。わりとイイ男でしょ? ま、死ぬほど服のセンス悪いんだけどね。じゃあ慎吾くん、またあのオッサンが来ないように、ちょっとまともに進行してくれる?」
「かしこまりっ! では、今からは、皆さんから質問をいただいて、そっから色々お喋りしていこうかなぁと思います。質問ある人に手を上げてもらいたいと思うんですが...いいですか? この人達、かなりバカですよ。無駄に正直に答えちゃうんで、質問する人の方がちょっとだけ遠慮してくださいね? 今、お昼ですよ? みんな、空気読んでね? では...3人に質問のある人、挙手!」
そんな慎吾の呼び掛けに、何やら一気に目の色を変えたお客さん達が一斉に右手を高く突き上げた。
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