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癒されたい、赦されたい【6】
グジュと湿った音をたて、俺の中から長い指がゆっくりと引き抜かれる。
いつもならきっと深いエクスタシーの余韻に体を包まれ、幸せな気分で『まだ抜かないで』と甘え縋り、体を震わせるのだろう。
けれど今は、もう一筋涙が落ちただけだった。
無様にマットに伏せて脱力しきった体がゴロリとひっくり返される。
いつもと変わらない照明の明るさが目に痛い。
「ごめん...ごめんね、充彦...」
充彦を見るのが怖くて、腕を顔の上に被せた。
「カッコ悪いから...見ないで...つか、お願いだからちょっとだけ...ほっといて...」
怖くて...だけど充彦から与えられる愛撫は、どれだけ否定しようと我慢しようとやっぱり気持ち良くて...結局はこうして射精してドロドロに汚れた体を見られるのが辛い。
そして何より...情けない。
「俺が怒ってた理由、わかった?」
「......なんとなく」
のそりと充彦が動く気配。
俺の体はビクンと不様なほどに強張る。
正直に返事をしたのは失敗だったろうか?
更に怒らせたんだろうか?
充彦が、いつまでたっても負い目を拭い去れないでいる俺に怒ったっていうのはわかってる。
ただ、なぜそれほどまでに怒るのかがわからない。
これでは、本当の意味で充彦の気持ちを理解できたとは言えない...そう思ったから正直に答えたのだけど...
「はぁ...」
聞こえたのは大きな溜め息。
やっぱり俺の答えは不正解だったかもしれない。
充彦にとって満足のいく言葉の出てこない自分が本当に不甲斐なくて、また涙が出そうになった。
そんな俺の頬にそっと充彦の手が触れる。
次はどんな責め苦に喘がされるのだろう...できればこれ以上醜態を晒したくはない。
触れられた場所からはスウッと体温が失われていく。
けれどそんな予想に反して、充彦の手は静かに動くと優しく俺の頭を撫でる。
そして、何がなんだかわからないくらいグチョグチョになっているであろう腹の上を、丁寧にタオルで拭い始めた。
頭を撫で続けていた手が、ずっと顔を覆っていた腕を払う。
まるで傷を負った猫がそれを舐めて治そうとするように、舌が伝い流れる涙をツッと掬い取っていった。
どんな顔で涙を舐め、優しく体を拭ってくれているのだろう?
固く閉じたままの瞼をゆっくりと開く。
俺の目の前にあったのは予想通り...いや、予想以上に優しく穏やかな笑みだった。
「俺が勇輝の体にのめり込んでるのは事実だよ。確かにそれは間違いない。でもさ、勇輝だって俺の体に夢中なんじゃないの? 言ってたじゃん、こんなに気持ちいいセックスは知らないって。俺もそんな勇輝と同じだってだけでしょ。俺らはね、お互いがお互いに夢中なの...違う?」
「違...わない...」
「だろ? それにさ、別に俺は勇輝の体だけが好きで一緒にいるわけじゃない。勇輝の全部が大好きで大切なんだよ。だから、『二度と抱くな』って言われたら、その時はそれでも構わないよ、一緒にさえいられればね」
トクンと鼓動が大きくなった。
「勇輝は違うの? 俺の体だけに夢中? 例えば俺が勃たなくなって、勇輝を抱けなくなったとしたら...その時俺は用済みになる?」
「そんなわけない!」
思わず頭を撫でていた充彦の腕を強く掴む。
一度は止まったはずなのに、また涙が溢れてきそうだ。
「俺らはね、セックスに夢中だってのも間違いないけど、何よりお互いの存在自体に夢中って事じゃないの? だったらさあ、過去に何をしてようと他人には理解しきれない関係であろうと、外野の言葉なんてほっとけばいいじゃん。今の勇輝を作る為に不可欠だった過去を恥じる必要も無いし、それは俺の過去だっておんなじだ。最初から俺らはフィフティーフィフティーなんだよ。片方が負い目を感じる必要なんて無い関係なの。そんな小さな負い目があるせいで自由に不満とか納得いかない事を話し合えなくなる事の方が...俺は怖い」
ああ...そういう事だったのか。
ストンと充彦の言葉があるべき所に落ち着く。
今は普通を装い何事もなく振る舞っていたとしても、いつか消化しきれない小さな負い目が大きくなって、そのうち変な遠慮のせいで思ってる事も言い合えないような関係になるのが嫌だったんだ。
それこそが充彦の怒りの原因だった。
わかってる...いや、わかってたはずだったんだ。
充彦はいつだって俺に何も気にしなくていいと、自分達が間違っていなければそれでいいと言い続けてくれていたのに。
現場で充彦がいかに愛されていたのか、そしてどれほど仕事ができて、直接の売り上げを持っている男優なのかを聞かされるたびに、どうしても少しずつ自責の念にかられた。
だから俺は、俺達の関係を『咎』だと思うようになってしまってた。
何の咎で、何の罪だというのか...
「わかる? もうわかってくれた?」
「...わかる...よ...すごいわかる...ごめん、ほんとに...ごめんなさい」
「んじゃあさ、もういらないこと気にする必要も無いし、わけのわかんないくだらない奴にあーだこーだ言われても、ちゃんと平気でいられるよな?」
俺は小さく頷いた。
充彦はそれに満足したように笑う。
「さて、んじゃ勇輝の体もすっかりドロドロだし、風呂行こうか。俺もボチボチ我慢の限界」
膝の裏側に腕が通された。
充彦のしたいことがわかり、俺はその体にしがみつく。
オイルが充彦の服に付いちゃう...と一瞬頭をよぎったが、なんのことはない...只今絶賛コスプレ中だった。
「あ、そう言えばなんか俺に話してないことあるって...」
「うん、あるよ。それも風呂でちゃんと話す。つかね、話さないといけないの...もう二度と勇輝が自分の事を責めたりしないように」
話ってなんだろう?
今はよくわからないけれど...とりあえず、服は汚しても問題ないはずだ。
俺が遠慮なく首に腕をかけてしがみつくと、充彦の方も遠慮なく俺を強く抱き締め、そして楽々と担ぎ上げてくれた。
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