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癒されたい、赦されたい【7】
充彦が、オイルでテカテカと光っていた俺の体にしっかりと立てた泡を乗せる。
どうやらタオルなんて物を使うつもりはサラサラ無いらしく、真っ白な泡を手のひらで直に塗り広げ始めた。
マットプレイからそのまんまソープごっこかよ...なんて、ほんのちょっと可笑しくなる。
そんな泡まみれの俺を決して特殊な形状ではない椅子に座らせると、充彦は足許に膝をつき、自分の腿に俺の足を乗せた。
俺に傅き、足の指の股まで一本一本丁寧に洗っているその姿はどこか優雅にも見えて、さながらアホの御曹司と切れ者の執事のようだ。
やっぱり充彦ってば...カッコイイんだよな...
「なあ、充彦...」
「ん? 何?」
ひたすら俺を磨き上げようとする充彦の後頭部を見ていると、思わずポツと言葉が漏れた。
「......ほんとにもう、本番やんないの?
」
「何、いきなり。うん、やんないよ」
「あ、あのさ...俺だったら別にヤキモチ妬いたりとかしないから...あ、いや、ひょっとすると最初だけちょっとモヤモヤするかもしんないけど...でも、でもね、マジで俺の事だったら気にしなくていいよ? もうさ、引退とかが現実になっちゃってあんまり時間も無いんだし、今でも充彦の復活を待ってくれてる人も多いと思うし...」
「あのなぁ...」
大きな溜め息と共に、呆れたとでも言いたげな声が漏れてくる。
また怒らせてしまっただろうか?
でもさっきの充彦の言葉の通りなら、『言いたい事や言うべき事は包み隠さずにきちんと話すべき』なんだと思う。
例えそのせいで一時不穏な空気が俺達の間に流れる事になったとしても、『怒らせたくないから』という理由で避けるべきじゃない。
嫌なドキドキを感じながら、それでも俺は視線を逸らすことなくじっと充彦の旋毛を見つめた。
俯いたまま俺の足を一心に洗っている充彦の表情はわからない。
それでも、その手を止めようとはしていないのだから、今回は特に怒ってはいないのかもしれない。
「俺、前にちゃんと言ったはずなんだけど」
「何...を?」
「勇輝以外には勃たないって」
「あ、いや、それは聞いたけど...それはあれだろ、『言葉のあや』ってやつなんじゃ...」
「ああ...やっぱりそう考えてたか。そうじゃないかと思ったんだよ。だからな、その辺も含めて一回ちゃんと話さなきゃとは思ってた」
いつもの穏やかな口調を崩すことなく俺の足を腿から下ろすと、充彦は新しい泡を作って背後へと回り、今度は首筋から背中を撫で始めた。
ちょっと擽ったいけれど、やっぱり気持ちいい。
俺はうっとりと瞳を閉じる。
「改めて言うけどね、俺は本番を辞めたんじゃなくて、できなくなったんだよ」
「......ほんとなの?」
「だからぁ、お前以外には勃たないってちゃんと言ったのに。初めてお前と朝迎えて...ま、現実には昼になってたけどさ、俺、社長に電話したじゃん、覚えてる? 『もう、本番やれない』って。それってさ、あんなにアッサリ認められるの、さすがにおかしくね?」
「ああ、まあ...確かに。仕事も詰まってただろうし...」
「勇輝の事が好きだって自覚した頃からその兆候はあったんだけどね、一回お前が俺から逃げようとしたじゃない? あの時期俺、ほんと悩んでさ...体も心もボロボロで、チンポほとんど使い物になんなくなったの。もうね、監督も女優さんもそりゃあ焦って...いやまあ、一番焦ったのは俺なんだけどさ、しゃぶってもらっても自分で扱いても全然ダメ」
「いや、でも...」
俺は背後にそっと手を伸ばす。
必死に俺の背中を洗っている充彦の下腹部に触れれば、そこは間違いなく熱を放ち、大きく猛っていた。
「ほら、元気じゃん」
「だからぁ、俺のコイツは勇輝限定でしか機能しなくなったんだっつうの。お前の事考えながらじゃなきゃ勃起もしないとか、末期だろ」
「それ...本気で言ってる?」
「本気も本気。大マジですが何か? 正直さ、最初のうちは自分でも驚いたって。たまたまその日だけ体調が悪かったのかもしれないって思い直して別の日の撮影行ったら、やっぱり無理だった。んでね、悩みながらすげえ考えたんだよ...原因とか、これからの事とか。んで社長にも、もういい加減ケジメつけてこいって仕事全部キャンセルさせられたんだ」
泡だらけの手が前に回ってきて、そのままぎゅっと背後から抱き締められる。
「俺さ、お前とセックスした日にね、すげえ事に気づいた...」
「すげえ事?」
「高校の時にね、よくつるんでてわりと気の合う女の子から告白されて付き合った。そんなにメチャメチャ好きってわけでもなかったけど嫌いでもないし、まあいいか...くらいの気持ちで。で、初体験もその子。それなりに気持ち良かったし、相手を気持ち良くさせてあげるのって興奮するもんなんだなぁってくらいの感想しか無かったかな。特別好きなわけじゃなかったから卒業したら自然消滅して、今度は専門学校で同じように適当に次の女の子と付き合って...ってしてたわけよ。で、紆余曲折あってさ、こうしてセックスを商売にするようになって...まあ、俺は女の子を気持ち良くしてあげるのは全然嫌じゃないから、なんとなく上手くいってたんだよね。もしかしてこれが天職なんじゃないの?とまで考えた事もある」
キュッとシャワーのコックが捻られた。
耳の裏側から首筋、背中とゆっくり泡が落とされていく。
そして今度は、泡の消えた場所に充彦の唇が降ってきた。
耳殼を舌でなぞり、耳朶に軽く歯を当て、唇が背中を滑っていく。
「そんな俺にさ、初めて『どうしても一緒に歩いて行きたい』って思える人ができたんだ。『俺のそばにいて欲しい』って切なくて涙が出たのも勿論初めて。んで、『誰よりも大切にしたい』って思って思って、眠れないくらいに思いが募ってどうしようもなかった人とようやくできたセックスがさ...あまりにも気持ち良くて、俺狂うんじゃないかって怖くなった」
「あれはその...結構狂ってたと...思うけど...」
その日の事を少し思いだし、頬が熱くなった。
求め求められ、与えられ与え、どこまでも深く求め続け...あの夜は、きっと二人ともまともじゃなかっただろう。
どれほど絶頂を迎えても更に快感が欲しくなって、けれどそれ以上に充彦にももっともっと気持ち良くなってもらいたくて...。
一晩中どころか、飯も食わずに朝からセックスして、少しだけ寝るとまたセックスして...また寝て起きたらセックスして。
結局、ほぼ丸2日セックス漬けで二人ともフラフラになった。
「そうか、あの段階でもう俺狂ってた?」
「充彦だけじゃないよ。俺も狂ってた...気持ち良くて、幸せ過ぎて、セックス終わっちゃったらいきなり夢が覚めちゃうんじゃないかって思ったら、一生終わりなんて来ないで欲しいって...ずっと繋がってたいって思ったもん」
「あれ? 今も気持ち良くて幸せ過ぎるでしょ?」
「...まあ、そこは否定はしないけど」
「俺はね、本当に好きな人とする最高に相性のいいセックスの快感を知ってしまったわけですよ。相手も俺も、二人で高めあっていける事の幸せさをね。そしたらさ、相手を一方的に喜ばせるだけの行為じゃ全然興奮できる自信なくなった。社長もそんな俺の気持ちわかってたからさ、もう無理に本番しなくて大丈夫ってあっさりスケジュール調整してくれたんだよ。一応はダメ元で現場に行ってみた事もあるんだけどね、やっぱり無理だった...」
尻の間に熱いものが当たる。
抱き締める為に前に回された手が、サワサワと胸を撫で始めた。
俺も尻に当たっている塊に手を回し、それを柔く握り込む。
「わかった? 俺の一穴主義は本物だって。勿体無いとか引退なんだからとか、そんなのどうでもいいの。だって俺は、本当に勇輝以外となんてできないんだから」
握り込んだ手のひらの中で、快感を高めようと充彦が自分でユルユルと腰を動かす。
それでなくとも大きいモノが、さらにググッと容量を増した。
「なんかね、俺の可愛いムスコが、ボチボチお家に帰りたいみたいなんですけど」
「......さっきドアは無理矢理こじ開けられたんで、いつでも入れますよ~」
クスクスと笑い合う。
そっと立ち上がらされ、充彦は椅子を洗い場の隅に寄せるとバスマットの上に胡座をかいた。
「ほら、じゃあここ来て...勇輝の手でちゃんとドア開けて?」
俺は頷き、躊躇いなくその腰に跨がる。
腹に付きそうなほど反り返ったぺニスに手を添えると、それを迎え入れようとゆっくり腰を下ろした。
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