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サプライズにもほどがある【2】
「えっと...勇輝だよね?」
「俺以外の誰だって言うんだよ......」
些か八つ当たり気味に頬を膨らませながら、プイとそっぽを向く自称勇輝。
確認したくなるのも当たり前で、目の前の勇輝(自称)の格好ときたら...パフスリーブに丸襟の黒いフレアワンピースに、白いフリルヒラヒラの胸当て付きエプロン。
膝より少し長い程度のスカートの中には、何重にもなったフワフワのペチコートがチラチラと見え隠れしている。
昨日綺麗にお手入れした脚には膝上まであるハイソックスにピカピカのストラップパンプスという出で立ち。
黒のロングヘアーのウィッグを着けた頭はご丁寧にきっちりとツインテールに結わえてあり、頭にはヘッドドレス...それも猫耳付きなんて、どうにもマニアだけが喜びそうな物が乗せてある。
元々目が大きく輪郭も丸い、童顔で中性的なその顔の方には、あまり余計な装飾は加えられていないらしい。
おそらく唇はグロスを塗っただけだろうし、白くきめの細かい肌にはファンデーションを厚く塗り重ねる必要も無かったのだろう。
この状態ではうっすらと髭の剃り痕を感じなくはないが、まあ会場の照明の落とされた中でならそれに気づかれる事は無さそうだ。
若い女の子が付けているのを見て『重くないのかな?』なんて笑っていた、バカみたいに長い付け睫毛だけがやたらバサバサして見えた。
「その格好は...どうしたのかな?」
「慎吾が...『執事はバッチリはまり過ぎなくらいはまってるのが二人いるんだし、俺らはメイドさんで行こう』っつうからさぁ......」
女装するつもりなんだろうなぁとは思ってた。
いやまあ、昨日の夜のあの下準備で気づかないわけもないだろう。
ただ、どのタイミングで着替えるのかなんて話は聞いてなかったし、まさかまさかのド頭からなんて正直考えてもなかった。
「勇輝くんな、メッチャ可愛いって言うてんのに、鏡見た途端暴れだしてん。似合うてるってなんぼ言うても聞けへんねん」
「聞くか、バカッ。お、俺こんなに...こんなにマッチョだったのかよぉぉぉ......」
え~!?
ウダウダ嫌がってる原因て...そこ?
つまり女装自体はそんなに嫌でもないわけだ。
たしかに多少いかつさはあるけれど、顔だけ見ればなかなかの美人で通るだろう。
いや、ほんとに『顔だけ』なら、相当な美人だ。
元々の造りが美しすぎる...てのはまあ、ちょっと贔屓目にもほどがあるだろうか。
慎吾くんはといえば、勇輝と同じ格好にウィッグが栗毛だった。
こちらもかなり可愛い。
いや、勇輝より少し華奢な分、女の子らしさは相当上かもしれない。
さらに、勇輝とはやる気が違う。
すっかりなりきっているのか、シャンと背筋を伸ばしてモデル立ちになり、航生に向かってニッコリ微笑んだ。
そしてそれを見る航生の鼻の下は、当たり前のように伸びている。
「航生くん、航生くん」
「なんですか?」
「これ掛けて」
グズグズしている勇輝の事なんてすっかり眼中にはない様子で、慎吾くんは何やら航生に手渡した。
なんだ、あれ...眼鏡?
「俺、目悪くないですよ?」
「んもう、エエから掛けてってば」
わけがわからないという顔で、航生は押し付けられたシルバーの細いフレームの眼鏡を渋々かける。
「うわっ、やっぱりメッチャ似合う~。アカン、キュンキュンする~」
「いや、俺あんまり眼鏡って似合わない...でしょ?」
やたら一人でテンションの上がっている慎吾くんに困ったように、俺の方を見てくる。
でも別にキュンキュンは来ないけれど、本人が考えているほどは悪くない。
むしろ似合ってるんじゃないだろうか。
フレームのイメージのせいもあるだろうが、いつもよりかなりクールに見える。
これから演じる役柄次第では、この眼鏡姿は武器にもなりそうだ。
「航生くん、ちょっと俺に向かってチョー冷たい顔で、『お嬢様はアホでございますか?』って言うて~」
「......はい?」
「ええからっ! 航生くんが今日執事の格好するって決まった時から、ぜーったい俺言うて欲しかってんからぁ」
そういえば、今日どんな衣装を用意しようかって話し合いをしたときに、『執事になってお嬢様達にお仕えするとか、メッチャ良くない?』なんて猛烈にこの格好をプッシュしたのって慎吾くんだったな。
そうか...なんのことはない、ただ航生にあのドSの安楽椅子探偵執事のセリフを言わせたかっただけか......
......って、俺らをお前らのコスプレ遊びに巻き込むなよ!
目をキラキラさせてひたすらセリフを待っているらしい慎吾くんの様子に、航生もどうやら諦めたらしい。
一度ブリッジを中指でクイと上げると、見えないようにため息をついてからヌーッと鼻先が触れそうな距離まで顔を寄せた。
「失礼ながらお嬢様...お嬢様はド阿呆でいらっしゃいますか?」
「キャーッ、ただのアホちゃう! ド阿呆きたーっ! どうしよ、俺今の航生くんの顔と声だけでイける! バリバリ抜ける! アカン、メイドやのうてお嬢様の格好しといたら良かった!」
「いや、メイドじゃなくなったら、それただの趣味のコスプレになりますから......」
すでにただのコスプレですけどね。
置いてけぼりにされた勇輝は、それでなくても『マッチョ過ぎて似合わない』だの『可愛くない』だの拗ねていたところにもってきて、どうやら慎吾くんの個人的な趣味に付き合わされただけという事に気づいたらしい。
「んもう...俺も執事に着替える!」
「もうそんな時間無いって」
「やだよ、こんな似合わないカッコでみんなの前に出るとか!」
「似合ってるよ。すっげえ可愛いって」
「充彦まで俺をからかってんのかよ! 俺のどこが似合ってんだよ!」
「慎吾くんくらい開き直って立ってみなって。パフスリーブだから肩の筋肉はそこまで目立たないし、エプロンあるから全体にもフンワリして見えてる。お前が気にしすぎて動きがガサツになってるから、余計に男らしさが際立ってるだけだから」
マジで普通にしてれば可愛いんだけどなぁ......
膨れっ面な上に眉間に皺を寄せ、がに股でイライラしてるからまったくメイドに見えなくなっている。
役に入りきる勇輝の事だ。
機嫌さえ戻ればきっと動きまで含めてキラキラフワフワの可愛いメイドさんになれるはずなんだけどねぇ......
やむを得ず、俺はウィッグを崩さないように気をつけながらそっと勇輝を抱き寄せた。
「今はちゃんと完璧にメイドさんになってさ、お客さん喜ばせないとダメだろ?」
「だってぇ......」
「イベントの後さ...その格好で俺を喜ばせてくれるつもりなんじゃないの?」
昨日の夜、自分が言い出した事だ。
今更忘れたとは言わせない。
この格好をする事が頭にあったからこそ、男同士であっても問題なくラブホに入れると踏んだのだろう。
ならばなおのこと、誰が見たって『女性だ』と思うだけの姿になってもらわなければ困る。
つか、男同士で入り口に足止めより、女装がバレた男同士が入り口に足止めなんて自体のが数倍恥ずかしい。
「ほら、いつもの勇輝になって。この服を着てる時は、完全無欠の最強メイドさん...な?」
「なれる? こんな俺が、ちゃんとメイドさんに見える?」
「うん、完璧。俺にとっては、最高に可愛くてセクシーなメイドさんだよ」
「......充彦も、『超できる執事』って感じする...カッコよくてドキドキする......」
「じゃあスカート穿いてる間はさ、ずっと俺見てドキドキしながら可愛くいてよ......ね?」
コクンと頷いた勇輝の背が、スーッと伸びていく。
その顔が、柔らかく穏やかな少女のような表情へと変わった。
「そろそろ開場の時間ですけど、準備は大丈夫でしょうか?」
そんなスタッフの声に、勇輝と慎吾くんはふと目を合わせた。
「では参りましょうか?」
「そうですね。お嬢様方をお迎えいたしましょう」
二人は、慣れないはずのパンプスにも関わらず真っ直ぐに美しく歩いて入り口へと向かう。
開場前だというのに、なぜか俺の疲労感はすでにMAXだった。
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