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サプライズにもほどがある【3】

「いらっしゃいませ。本日はようこそおいでくださいました」 「それではお席までご案内いたします。さあ、どうぞこちらへ」 身分証と当選ハガキの確認のときに、同時にボックスから引いてもらった座席番号。 それを受け取り、俺達は順にお客様をテーブルへと連れていく。 まさかドアが開かれると同時に俺達が待ち構えているとは思っていなかったのだろう。 そのまま立ち竦んでしまう人も多く、それだけでもサプライズは成功と言えた。 それは確かな手応えで...思わず心の中でガッツポーズなんて取ってしまう。 しかし、執事・メイド・執事・メイドの順で席に一人ずつ案内を始めれば、すぐにその場の空気はおかしな物に変わった。 俺や航生に先導された女の子はこれ見よがしに顔を赤くして喜び、メイドが隣についた女の子は明らかに顔を青くする。 それでも最初のうちは、『入口でみっちゃんと航生くんが待っててくれたんだから』なんてみんな無理矢理納得しようとしていたらしい。 しかしじきに、『みっちゃんか航生くんが来るまで待つからお先にどうぞ』なんて無理矢理順番を変えようとする人が現れた。 当然『変われ』と言われた方も嫌がるわけで、入口の空気が徐々に険悪な物になる。 しかしメイドはそんな不穏な空気などものともせず、ニコニコと女の子の手を取った。 その手を振り払い、女の子は更に入口でギャアギャアと喚き始める。 やれやれ、困ったもんだ...俺はグルリと周囲を窺った。 今日はAV絡みのイベントとしては異例の『参加者は女性のみ』 さらに、ライブハウスや小さなアングラ系のスタジオではなく本格的なライブレストランを貸し切りにしているということで、実はメディア媒体の記者の人も結構いたりする。 AVの紹介雑誌は勿論だけど、スポーツ新聞だの有名写真週刊誌だの、コンビニでも当たり前に目にする大手マスコミの人達だ。 会社としてはAV界の一大イベント!みたいな記事を期待している中、『入場から不手際連発』なんてネガティブキャンペーンみたいな事にでもなったら、大枚はたいてこんなイベントをやった意味が無くなってしまう。 これ以上この、『ちょっとワガママで空気の読めないお嬢様』に騒がれるのは好ましくはない。 そろそろネタバラシした方がいいだろうと勇輝に視線を送れば、わかったとでも言いたげに勇輝は綺麗に微笑んだ。 さあ、目一杯驚いてくれ...... 勇輝がネタをばらした瞬間の彼女の顔を想像しただけでニヤケてくる。 しかし、異変は先に席に着いていた女の子達の方から起こった。 メイドを指差しながら、同じテーブルの女の子同士が何やらコソコソと囁きだす。 「いや、でも...まさか......」 「せえかて、ほら......」 「確かに、あの背中......」 おっと...正面からしか見てなかった俺達は、うっかり気づくのが遅れた。 いくら逞しい二の腕をパフスリーブで隠しても、わりと細いウエストをエプロンのリボンを大きめに結ぶ事で強調しても、派手なボクサーパンツをペチコートで見えなくしても...... 勇輝には、パツパツに筋肉の張った素晴らしく逞しい背中があったのだ。 そりゃあ後ろから見てる人じゃないと気づかないよね~。 けれどゴネゴネにごねまくっているお嬢様は、幸か不幸かこのいかついメイドを正面からしか見ていない。 自分が騒ぐのに必死で、客席全体の『まさか...キャアッ!』みたいな空気にも気づいていない。 その時、メイドが彼女の手を取り、真っ直ぐに目を見ながら改めてニコリと微笑んだ。 「お嬢様は、わたくしのエスコートではご不満ですか?」 この会場にいる人間なら誰もが知っている、少し低めの甘いハスキーボイスで耳元に囁きかける。 事態をようやく把握できた彼女は驚きすぎ、更に自分のワガママが恥ずかしくなったのか、赤い顔をしながらヘナヘナと膝から崩れ落ちた。 床に座り込んでしまう直前で勇輝の腕がしっかりと彼女を支え、抱き締めるような格好でゆっくりと立ち上がらせる。 「さ、お嬢様...お手をどうぞ」 疑問が確信に変わったその瞬間、席に着いていた女の子達からは耳をつんざくような歓声が上がった。 それと同時に、当然視線はもう一人のメイドへと向けられる。 もうイイ頃合いだろうと、航生にもう一人の...やけにノリノリのぶりっ子メイドにヘッドセットタイプのマイクを渡すように合図を送った。 俺と勇輝もこっそり同じ物を付ける。 「こんばんは、いらっしゃいませ~。案内係の...シン子です」 スカートの端をチョンと摘まみ、片足を後ろに引いてお辞儀をする慎吾くん。 入場を待ってる子達からも、そして着席している子達からも悲鳴に近いような声が上がった。 「は~い、ちょっとサプライズ過ぎてすいませんでした~。えっとね、じゃあ皆さんをご案内しながら話そうか」 「なんかもう、途中からは気づかれてたみたいやけどね...あ、こちらのお席です。今日は楽しんでいってね」 「おわかりの通りですね、ここのいかついメイドとそっちの頭の悪そうなメイドですが、勇輝と慎吾くんなんですよ」 「慎吾なんて言わんといて! シン子で~す」 「ユウ子で~す」 「いや、勇輝は別にそのままでも良くない?」 「あ、最後のお客様、着席されました」 航生の声と同時に、俺達はステージへと上がる。 「では改めまして、本日はようこそ我々主催の夜会においでくださいました。慎んでお礼申し上げます」 俺と航生は胸に手を当て、勇輝と慎吾くんは再びスカートの端を上げてお辞儀をする。 「ではですね、執事とメイドモードはオープニングの余興ってことでボチボチ終わりにしまして、ここからは通常営業に入りたいと思いま~す」 「この格好のままの通常営業ってのもなかなか恥ずかしいんですけど」 「あ、じゃあこの後の事もあるんで、勇輝と慎吾くんはちょっとお色直しで退出いたしま~す。『Whole New World』でもかけてやろうか?」 「アホか。ほんまもんのお色直しじゃないか。どうせ言うなら、『永遠に、ともに』だろ」 「いや~ん、俺ピアノ練習しなくちゃ」 「そこで小ネタの応酬はいいですから、早く着替えに......」 「おお、悪い悪い。じゃあ一旦勇輝と慎吾くん引っ込みますね~」 さあお立ち会い。 ここからは二人がいなくなったという事で...なんと珍しいことに、俺と航生だけでの今日のイベントの説明と進行を行わなければいけないのだ。 人前で二人きりになるのは初めてかもしれない。 ああ...明るくボケながら昼間進行をやってくれた慎吾くんのありがたみが骨身に染みる。 俺と航生は一度目を合わせると、口許のマイクの位置を確認して真っ直ぐ前を向いた。

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