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そろそろ本番です【勇輝視点】

次々と飛んでくるカクテルの名前に、俺と慎吾はただひたすらシェイカーを振りまくった。 店にいた頃ですら、こんなに連続でカクテルの注文を受けた記憶はない。 まあ慎吾の言葉ではないけれど、シェイカーを振るより腰を振ってた方が多いってのも強ち間違いでもないし。 それが今日は、60人のお客さんプラス、取材の記者さん。 二人で作るから、30杯強をおよそ30分程度で作らなければいけない計算だ。 お客さんの注文を聞いてからの材料の準備や計量は、洗い物まで含めてこのアズールのバーテンダーさんが手伝ってくれていて、俺達はとにかくひたすらシェイカーを振りグラスに注ぐだけでいい。 たったそれだけだというのに、指先に無理な力がかかっているせいか腕はパンパンになってくるし、氷で冷えてしまって感覚が鈍くなってきた。 けれど、不思議とそれを辛いとは思わない。 お客さんの前にグラスを置き、シェイカーからそこに淡いピンクやブルーの液体をそっと注ぐ瞬間、それを見つめるお客さんの目がキラキラと輝きだすのが堪らなく嬉しかった。 「勇輝くん、なんか今めっちゃエエ顔してる...あんまり色っぽくはないけどね」 隣で同じペースでシェイカーを振ってる慎吾がチラッと俺を見る。 そんな事を言ってる慎吾だって、額に汗を滲ませながら、ワクワクしてるのを抑えきれないって顔してるんだけど。 「やっぱさ...カクテル作ってんのもそうなんだけど、俺、接客ってこと自体が好きなのかもしんない。こうやってお客さんの顔見てるの、ほんと楽しい...喜んでもらってるってすごい実感してんのがほんとに楽しいんだよ......」」 手は止めないまま、口だけを動かす。 「まあね。なんぼAV売っても、雑誌で増刷かかって話題になっても、俺らが直接お客さんの顔見てるんちゃうもんね。俺らが見てんのは数字やもん」 「...ああ、そうか...そうだよな。今の俺らを評価する物って結局数字なんだ...だからなんとなく実感湧かなかったのか......」 今こうしてカウンターの中にいるのが楽しくて仕方ないのも、どれほどAVの現場で可愛がってもらっても心のどこかが寂しかったのも......なんだか今の慎吾の言葉で気持ちがストンと落ち着いた。 今はまだ具体的には見えていない、『充彦と一緒に見る夢』の為のヒントがそこにあるような気がする。 「は~い、遅なってごめんね。『シャーリーテンプル』、お待たせしました。あと注文待ってくれてる人、何人おるんかな? はいっ、まだ飲んでへんでって人、手ぇ上げて!」 明るく軽やかな慎吾の声に、さんざん待たされたはずなのにイラついた表情も見せないで4人の女の子が手を上げた。 フリータイムの残り時間を確認してみて、じっと待っていてくれた彼女達に本当に申し訳なくなる。 「はい、『モヒート』お待たせしました。ほんとに遅くなってごめんね」 「いえっ、二人のすごく綺麗で楽しそうな姿をずっと見ていられただけで、待ってる事なんて忘れられました。イヤらしくてセクシーな勇輝くんが大好きって思ってたんやけど、私...今日の勇輝くんと慎吾くん見て、もっと大好きになりました! めっちゃカッコいいです!」 俺達に特に気を遣ったという風には見えない。 出されたカクテルを手にして本当にキラキラと笑う彼女達に、なんだか胸がキュンてしてしまう。 「あ、えっと...また後でちゃんと食事の時間とかも取ってもらうから...ね」 「はいっ! みっちゃんと航生くんの料理も楽しみにしてます!」 ......ヤバい...なんか嬉しすぎて...泣きそうだ...... 並んでくれていた女の子達すべてにカクテルを渡し終わり、店のバーテンさんに頭を下げて俺達は急いで控え室に戻る。 それを視界に入れていたのか、じきに充彦と航生も帰ってきた。 「いやあ、どうしよう...お客さんに料理作ったりサーブしたりってのが、なんかもう楽しくて仕方なかったんですけどっ!」 珍しく、興奮気味に航生が話しかけてくる。 たった今まったく同じ事を感じたばかりの俺は、なんだかちょっとおかしくなった。 ヘラリと笑った俺を、『バカにした』とでも思ったのか。 航生はあからさまに頬を膨らませ、少し傷ついたとでも言いたげな顔をした。 そんな航生の頭を、慎吾がポンポンと叩く。 「勇輝くん、別にからかったとかちゃうで。カクテル作りながらな、今の航生くんが言うたんとおんなじような話しててん...ほんまに接客って楽しいなぁって......」 「悪い、笑ったりして。俺もさ...すげえ楽しくて仕方なかったんだ」 「それって...目標とか夢になりそうなくらい?」 ジャケットを脱ぎながら、充彦が俺の方に顔を向けてきた。 穏やかな顔、優しい目...だけどその奥には、真剣で熱い物を含んでいるにも見える。 俺はそんな充彦に、素直に笑顔を返した。 「そうだな。いつか充彦と一緒に...あんな風にお客さんの笑顔を見ていられる仕事ができたらいいなって思うよ...本気でね」 答えは曖昧だったはずだけど、充彦はその答えに満足だったらしい。 それ以上特には口を開かずただ汗を拭い、急いで次の衣装に腕を通す。 俺達もお客さんをこれ以上待たせる事が無いように、慌てて着ていた物を脱いでいった。

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