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そろそろ本番です【2】
みんなそれぞれが何かを感じながら、急いでステージに戻る為の衣装に着替える。
白いボタンダウンのコットンシャツにストレートのブルーデニム。
今回は全員が同じブランドで同じモデル着用。
これで横一列に並んだら、なかなか見応えがじゃないだろうか。
衣装のイメージではなく、俺達自身の雰囲気と体型の違いを楽しんでもらおうという事で、まずはこの服に決まった。
当初は『白Tシャツにデニム』という意見も出たが、これにはなぜだか慎吾が猛反発。
本人いわく、『乳首透けるのが絶対にイヤ!』なんだそうだ。
普段はその乳首どころか、ケツもチンコも全開で人様の前に立ってるくせに何を今更とも思ったのだけど、『汗と空調の関係でちょっと勃ってる乳首が透けてるの見せるくらいなら、喜んでマッパになる』とまで言い切りやがった。
でもまあ確かに、冷静に考えてみると透け乳首はイヤかもって思える。
さらに充彦は、腕を上げた時に袖口から少し濃いめのワキ毛がはみ出るかもしれないのが段々と気になりだしたらしい。
慎吾一人のワガママかと思われた『Tシャツ絶対反対!』もいつの間にか満場一致、全員の総意になっていた。
充彦は肘の上あたりまで目一杯袖をたくし上げる。
俺は中に黒いタンクトップを着て、前ボタン全開。
航生は一番上だけを外し、あとは袖まで含めて全てのボタンを留めていた。
慎吾は胸元二つボタンを開けて、袖はルーズに二回だけ弛く折り上げる。
「はいはい、準備オッケーなら急いでステージ戻りますよ~。ヘッドセットも忘れずにね」
「はいよ、完璧!」
お互いの姿を一度チェックして、ちょっとだけ乱れた髪型なんかも直したりして、俺達は一斉にステージへと駆け出した。
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「どうも、お待たせしました~。どうですか、お料理少しは食べる時間ありました?」
「俺らがグダグダ喋ってる間でも、好きに料理もドリンクも取りに行ってもらっていいですし、お喋りのコーナー終わったらまた少しお食事の時間取りますからね」
「あ、ここからはちょっと皆さんにお願いね。後からまたちゃんと時間は設けますんで、一先ず写真の撮影はここまでで止めてもらえますか?」
「ごめんなぁ、ほら、大人の事情とか色々......」
「そんなもんはないから。ただ単に、カメラ向けられてるとやたら緊張する人が一人いるのと、どうせならカメラ見てるより俺らと目一杯会話とかノリとか楽しんでもらいたいだけで~す」
「......すいません、その緊張する人です」
「じゃあねぇ...まずは何話そうか?」
「まあ、いきなり質問コーナーってのもなんだしねぇ」
「あ、そしたら俺からちょっと聞いてみてかめへん? 今回はまあ仕事ではあるけど、大阪まで来たわけやん? これから他に仕事でもプライベートでも行ってみたいとことかある?」
「海外も有り?」
「どうしよ...とりあえず国内限定にしとこうか?」
「国内かぁ...どこだろうなぁ......」
「あ、俺は屋久島? しんどそうだけどさ、一回生で縄文杉とか見てみたいかも」
「ああ、それいいね...俺も結構興味あるなぁ。あ、でも冬の金沢とかも憧れるかな...寒ブリとかノドグロとか、あと治部煮とか食べたい」
「勇輝くんはほんまに『色気より食い気』やなぁ...あ、そうでもないか。色気も食い気もやった」
「うるさい! 俺は人間の3大欲に正直なだけだっての。んじゃ、お前は?」
「ああ、俺はねぇ...京都」
「......はぁ!? 京都なんて、こっちいた頃ならいくらでも行けただろうよ」
「そら、平安神宮やら金閣寺やら、観光地やったらなんぼでも行けるけどぉ...」
「錦市場なら俺も行ってみたいけどさ」
「それも今は関係ないの! いやぁ...京都にな、日本でも有数のマンガミュージアムがあんねん。歴史的に見ても貴重な蔵書とかもあってさぁ......」
「マンガミュージアム...なの?」
「せやで。京都市とどっかの大学が作ってんけど、これがもう...ほんますごいねん! 定期的に漫画家さんのサイン会やら展示会やってるし、レイヤーの交流会もあるしな。大阪に住んでた頃に行けへんかったの、ほんまに後悔してんねん」
「じゃあ、今度仕事落ち着いてる時に二人で行きましょうか? 俺全然場所とかわかんないんで、連れてってくださいね?」
「こらこら、デートの約束は今しなくていいから。航生は? どっか行きたいとことか無いの?」
「俺は...東北ですかね。小さい頃に読んだマンガにね、東北の光景が出てくるんですよ。なんだっけな...浄土が浜? 真っ白なチョークみたいな石がザーッて続いてて、それを見たネコが『天国みたい』とかなんとか言うんです」
「航生、一旦落ち着こうか。誰が『天国みたい』って言うの?」
「ん? ネコですよ」
「いや、あの...それはニックネームかなんかか?」
「いえ、ほんとにネコです。人間の言葉が喋れて二本足で歩けるネコ」
「あ、それ『みかんちゃん』やん! 俺もあれ、めっちゃ好きやってん! 航生くんも知ってるなんて...感激! 絶対東北も行こうな。カモメの卵買って、カモメに船からエサやって、ほんで浄土が浜で靴の裏真っ白にしよ!」
「......ヤバい、俺こいつらの会話に全然着いていけないわ...」
「心配すんな、俺もだ。しかし、慎吾くんはちょっとアニメとかマンガに詳しいって聞いてたけど、まさか航生までとは......」
不意に航生の顔が、楽しそうな悲しそうな、複雑な表情に変わった。
そっと俺の耳元に唇を寄せてくる。
「そのマンガね...彩さんの部屋にあったんです。それでね......」
航生が一度、深呼吸をした。
「彩さんらしき水死体が打ち上げられたのがね...その浄土が浜だったんですって」
それだけ言うと顔を離し、俺に向かってニコッと笑ってくる。
突然のその話に、俺はどうしても素直に笑みを返せなかった。
「慎吾さん、東京戻ったらちゃんと話しますから...一緒に浄土が浜に行ってくれますか?」
「......うん、勿論エエよ。京都なんかよりさ...先に東北行こか。大事な場所なんやろ?」
少ししんみりとした空気。
笑顔を浮かべているものの、今にも泣き出しそうに見える航生の様子に、どうやら慎吾も過去の陰を感じ取ったらしい。
きっと抱き締めてやりたいのだろうが、この場でそんなことができない事はわかっている。
どうにか空気を変えてくれ...慎吾はそんな目で充彦を見た。
充彦は了承の気持ちを伝えるようにヘッドセットのマイクをきちんと口許に当てると、真っ直ぐ客席を見てニカッと笑った。
「さ~て、またほっとくとあの二人がイチャイチャし始めちゃうんで、もうこの辺で質問コーナーいっちゃおうかな? 皆さん、今日入場待ってくれてる間にアンケート用紙記入してもらったの覚えてますか?」
「はいっ、そのアンケート用紙が...ここにありま~す!」
「これからですね、この箱の中のアンケート用紙を一枚ずつ引いて、そこに書いてくれてる質問に答えていこうかなと思います」
「勿論俺ら中見てないからねぇ、どんな質問来るのかすんごい心臓がドキドキだわ。みんな、お手柔らかにね?」
「いや、もう無理だから、質問集めてあるし。つかね、アンケートの紙に『大人の時間なので、遠慮なく大人の質問しちゃってください』とか書いてあったみたいだぞ。じゃ、時間が許す限り、覚悟決めて今から質問に答えていきたいと思いま~す」
目一杯明るい声でその場を進行していく俺達の後ろで、『大丈夫』というように慎吾は航生のケツを一回パチンと軽く叩いた。
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