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未来の為に舌鼓8

「航生が言ったように、俺はここの牛乳にものすごく魅力を感じてます。いざ自分の店で使える事になったらどんなスイーツを作ろう、どんなメニューにすればこの牛乳の魅力を最大限に活かせるだろう…そう考えるだけで、冷静さを欠いてしまうくらいです。ただ、そうなるとどうしても生産量の少なさがネックなんですよね。拘った育成方法なのは本当によくわかりました。けど、だからこそ単純に『牛、増やせます?』ではどうにもならない」 充彦は何やら書き込んでいた紙を健一さんの方に差し出した。 「これは?」 「俺、勇輝、航生、慎吾くん、そしてうちの会社の今後の予定と簡単な事業計画です」 充彦は3年後には専門学校を卒業し、1年間知り合いの伝で修行に出てから開店準備に入る。 俺は男優を引退した後で社長の元で経営について勉強をしながら海外での買い付けや契約などの裏方に回り、栄養学の勉強を終えた航生は隣で充彦を支える事になるだろう。 そして持ち前のセンスを活かした慎吾が充彦の夢を、そして航生の夢を一番望む形へと昇華する。 まだまだ文字や数字にしてしまうと単純で、計画とは言えないほどに曖昧な夢。 けれど、きっと全員で力を併せて掴み取る、俺達を待っている間違いの無い未来。 「5年後、俺は最初の店をオープンさせるつもりです。いえ、オープンさせます。そしてその最初のパティスリーを足掛かりにカフェ、スイーツバー、ブーランジェリー…7年後には、関東を中心に系列店を10店舗程度には増やしたい。ですから……」 「最低でも5年以内に生乳の生産量を上げる事は可能かどうかを知りたい…と?」 至極真面目な顔で熱く語る充彦に対して、健一さんはなぜかニコニコとしたままで表情が変わらない。 増産はできるのか? できないのか? その表情の意味が読み取りきれず、内心歯噛みした。 「匠は、たぶんうちの牧場にこの話が来てる事を知ってて、敢えてみっちゃんに紹介したんだと思うんだけどね…修司とも色々と相談して、いまだに結論が出せずにいた事なんだけど…」 健一さんと修司さんが何やら目配せしあう。 話すべきかどうか、言葉は無くともその目の動きだけで伝わるらしい。 修司さんは小さく頷くと、一人立ち上がり工房へと消えていった。 「実はずいぶん前から、うちの牛乳と乳製品をこの地域の特産品として大々的に売り出したいと商工会から相談されててね…でも、そんな大袈裟に宣伝をされたところで、うちには今以上の生産力は無いからと断ってたんだ。ただ、県の方からも、都内のアンテナショップで販売したいって話が来るようになって…おまけに、必要なら牧場運営に興味のある若い子を従業員として雇えるように、よその酪農の盛んな地域と連携してくれるって言うんだよ。だから、牧場の規模を少しでも広げて出荷量を増やせないかって」 「それで…健一さんはどうされますか?」 「うん、もしみっちゃんが『今すぐうちの牛乳が使いたい』って言ったら、正直断るつもりだった。さっきの話の通り、殆ど余剰分なんて無いし、地元のお店に回すはずの物をみっちゃんに横流しするなんてできないからね。まだこの牧場が軌道に乗らないうちから僕らを支えてくれたのはこの地域のみんなで、その恩を仇で返すわけにはいかないでしょ?」 「でも俺が牛乳を使うのは…今じゃない」 「そう、そこなんだよね~。5年間あるわけでしょ? 人手が足りなければ調達してやるって言ってくれる人もいることだし、直接僕らが届けなくても『アンテナショップ』っていう窓口も作れるわけだ…5年もあればね。実際、修司はもう少し本格的なチーズ工房をやりたいって気持ちが強くて、代わりに牧場に入れる従業員を探したいとは言ってたんだ。それで喧嘩になる事もあったくらいなんだよ。うちの敷地にはね、まだまだ余裕がある…働いてくれる人さえいれば、牛を増やす事は決して難しくない」 「そ、それじゃあ!?」 「5年後、みっちゃんがお店オープンの為にうちの牛乳がやっぱり欲しいと思ったら、直接一回またここに来てくれるかな? 人数増やして規模を大きくして、それでも味が変わってない事を自分の舌で確認して欲しいんだ。それで納得してもらえたら、目一杯代金吹っ掛けて定期購入契約してもらうよ」 「匠が使い続けてさえいれば…それが何よりの信用ですけどね。でもちゃんと俺が来て、納得した上で高い代金を気持ちよく払わせてもらいます。それで…修司さんは?」 「あいつはね、早いところ少しでも元気で真面目な人間を紹介してもらえるように、早速県の広報課に連絡しにいったよ。1日でも早く、一人でも多く来てもらって、自分はさっさとチーズ作りに集中したいらしい」 健一さんが笑顔で俺達4人を見回し、ゆっくりと立ち上がった。 「ほんとはね、ここの規模を大きくするのが怖かったんだ…ようやく経営も安定してきて、味も品質も納得できる牛乳が出荷できるようになったのに、もし手を広げてしまった事で全部を台無しにしたらどうしようって。あれだけ色んな人から応援してもらって期待もかけてもらってるのに、次の一歩を踏み出す勇気が無かったんだよね…でも、みんなのこれから見る夢の端っこに僕も乗っかってみたくなった。人気者で、それなりの収入もある現状を捨ててでも新しい物を掴みにいくみんなの未来を、少しでも応援させてもらいたくなった。ありがとう…次の目標を持たせてくれて」 充彦に向けて差し出される手。 また不思議な縁が繋がった。 俺達の夢を応援し、そしてその事を感謝してくれる人。 今度は充彦だけじゃない、俺達4人で繋いだ縁だ。 「5年後、絶対にガッカリさせませんから」 立ち上がり、その手をしっかりと両手で握る充彦。 安定を捨てさせたプレッシャーを感じながらも、堂々と『絶対』と言い切った充彦が誇らしい。 蚊帳の外に追いやられるように少し離れて様子を見ていた黒木くんが、ちょっと目を潤ませながらパチパチと小さく拍手している姿が見えた。

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