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癒されたい、赦されたい【10】
「えっとぉ...どっから話したらいいかな...」
ベッドヘッドに背中を預け、充彦は長い脚を所在無さげに放り出した。
自分の唇をフワフワと意識せずにつついているから、決して勿体ぶってるというわけではなく、どうやら本当に『どう話そうか』を悩んでいるらしい。
この考え事をする時に唇に触れる癖が、俺は妙に好きだ。
ポッテリと厚い唇と、男らしく節くれた長い指の組み合わせがなんだかとてもエロティックで。
プニと唇を押し込む指先を、ただうっとりと言葉も無くじっと見る。
どうやら頭の中で段取りができたらしい。
先程までの指の動きを止めた充彦が、俺の方へとゆっくり視線を寄越した。
「自分からわざわざ切り出す話でも無いと思ってたし、改めて質問された事も無かったから言ってなかったけど、俺ね...男と寝たの、勇輝が初めてじゃないから」
「......はい?」
「別に言う必要無いかなぁと思ってたんだけど、どうも勝手に思い込んでるっぽいからさ」
「え...ええーっ!? いや、でも、充彦ノンケなんじゃ...」
「まあ、ノンケはノンケなんじゃない、たぶんな。偏見こそ無かったけど、少なくとも勇輝に会うまでは男に欲情したことは無い」
どういう意味だ?
ノンケで、男に性的な興味を持ったことは無いのに寝た事はある?
欲情しないって事は、アソコは勃たないよな?
それでも寝たと言えるって事は...まさか...ネコか...ネコだったのか!?
でもこの充彦が、ぺニスを突っ込まれてアンアンしてる姿なんてまったく想像できない。
もしかして...襲われたとか?
このアホみたいにデカイ上、半端じゃなく力も強い男を襲える人間がそう簡単にいるとは思えない。
それでも薬使うとか複数で押さえ付けるなんて方法なら出来なくもない...かも?
頭の中には、あまり好ましいとは言えない状況と、その中で泣きながら必死の抵抗を試みる充彦の姿が明確に浮かび上がる。
「充彦、ごめん...辛い事思い出させて。大丈夫だから! ね? もう無理に話さなくてもいいよ」
「はぁ!? あのなぁ...お前、今明らかに勝手な妄想膨らませて盛り上がってんだろ?」
「へっ? 妄想?」
「仕事だよ、し・ご・と! 俺ね、顔出しNGでゲイビに二本だけ出てんの」
「......うっそ!」
俺の想像が外れていたのは良かったとして、充彦がゲイビデオに出ていたなんて話、これっぽっちも聞いたこと無い。
それは噂レベルの物も含めてだ。
「それ、マジで言ってる?」
「マジだよ、大マジ。まだいわゆる汁男優からフェラ要員の間くらいの頃だったかなぁ。AVの方だとほんと仕事にならなくてさ。ゲイビでも、名前だけでパッケージ売れるようになれば今の何倍も稼げるけど一回やってみるか?って社長に声かけられて。なんかね、知り合いにゲイビのスカウトがいて、単体で稼げそうなモデル探してたんだってさ。社長の手伝いやってたから特別金に困ってたってわけじゃないんだけど、色々あってその手伝いから離れたかったんだよね...。だからって何がやりたいとかどうしたらちゃんと生きられるのかとか、全然わかんなくなってたから、まあ相手が女でも男でも『仕事』としてやっていけるなら大差ないや~とか、結構軽い気持ちだったんだけど」
あのクソ社長...充彦になんて仕事させやがるんだ。
んなもん、充彦の顔と体とテクニックがあれば、即トップになれるに決まってんじゃないか。
もしそのままゲイビ続けてたら、俺なんて会う事もできなかった...って、あれ?
「2本だけ?」
「そう、2本だけ」
「それも、顔出しNG?」
「そうだよ。顔出してって随分言われたし、次の誘いもあったんだけどね、結局断った」
「...なんで? ギャラ、良かったんだろ? それに、ああいうのノンケの男の子も結構多いんじゃないの? なのに、なんで2本だけ...」
「1本目はね、街でナンパした男の子を次々口説いて全裸でオナニーさせる...って企画物。あ、ちなみに俺含め、その時ナンパされたって男の子はみんな仕込みだったんだけどね。そのくらいだったらさ、まあ汁やってんのとそんなに変わらないしなぁと思って引き受けた。実際普通のAVで射精だけしてるより、ギャラはゼロが一つ多かったしね」
充彦が苦笑いを浮かべながらペットボトルに口を付ける。
俺は横槍を入れるのを止め、言葉が続けられるのを待った。
「そんで2本目はね、当時結構人気があった男の子との本格的な絡みだったんだ。顔にモザイク入れたらギャラ半分以下になるって言われたから、『これからも続けていけると思ったらモザイク外してくれていい』って契約にしてもらって。リバだったから、その時は俺もケツに入れられたんだよ。あ、ごめんね勇輝。俺のバックバージンあげられなくて」
「ふざけなくていいっての。俺なんて童貞も処女もとっくに失ってるだろうよ」
「そうでした。大丈夫大丈夫、俺は別にパートナーに処女性なんて求めないからね~。んで...あれ? どこまで話したっけ...あ、そうそう、だからね、『ゲイビ界のスーパーアイドル』って評判の男の子と絡んだんだけど、これがヤってもヤられてもまったく楽しくないんだよ。ほんと、全然気持ちよくも無いし。勿論ゲイビの世界にもちゃんと『プロ』って人はいると思う。ただ、少なくともその時の俺の相手はそうじゃなかった。カメラの向こうの『バックから責めて』『脚大きく開かせて』みたいな指示ばっかりチラチラ気にしてんの。おまけに、ヤってる最中に萎えちゃうからなのかなぁ...コックリングまで付けてたんだ。いくらノンケで男抱きたくないからって、リングで無理矢理は無いだろう...と。なんかそれでさ、すげえバカバカしくなってきちゃって一気に目が覚めた。俺はこれまで、女優にしろ男優にしろ、ちゃんとプロのいる現場で仕事させてもらってたんだって実感したよ。まあ一応駆け出しでもAV男優の端くれとして、その現場では可愛いアイドル男優くんをマジイキさせてやったけどな」
すごいな...色んな意味で。
ゲイビって、コックリングまで使わないと撮影できないこともあるってのにも正直ちょっと驚いた。
ノンケとはいえ、みんながみんなプロ意識とテクニックでガンガン気持ちよく掘り合ってるもんだと思ってたし。
んで、充彦が掘られた経験があるってのにも勿論ビックリしたんだけど、何より...即相手役をマジイキさせたって言い切れる事。
挿入された時にはちっとも気持ちよくなくて、どこをどうすれば体が悦ぶかなんて自分が経験する隙も無かっただろうに、攻守が逆転した途端に経験者を翻弄しちゃうんだから。
そりゃあ開発済みの俺をイかせるなんて、赤子の手を捻るようなもんだっただろう。
「引いた?」
「...いや、驚いただけ」
「そう? まあその時にしたっきりで、それ以降は男とヤラシイ事はしてないんだけどね。あ、でもQさんとか長谷川さんとかに、酒の席でベロチューされた事はある」
「それ、全然意味違うし」
「ま、そうね~。とりあえずさ...俺の初めての経験は勇輝じゃない。刷り込みみたいな状態で『初めて経験した男とのセックスにどっぷり嵌まってのめり込んだ』ってわけじゃないの。わかる? 俺は『勇輝とのセックス』に嵌まってるだけだよ」
「あ......」
ようやく充彦の突然の告白の意図が読めた。
俺がいつまでも『自分が男の体を教えたせいで、充彦は道を踏み外した』と思いこんでるから、わざわざそんな昔の話を持ち出したんだ。
俺を抱く前から経験はあったのだから、ちゃんと逃れる術は持っていたんだと。
その意図を汲み取った事がわかったらしい充彦が、俺の手をギュッと握る。
「手くらいならもう大丈夫?」
「う、うん...」
「ほんとさぁ、信じてよ。俺は男に嵌まったんじゃなくて、勇輝が好きで好きで仕方ないんだよ。仕事がどうとか生活がどうとか、そんなのなんも関係無いの。勇輝が好きで、勇輝を感じさせてあげたくて、んで勇輝を感じたいだけ。これってさ、ごく普通の恋愛なんじゃないの? それどころかさ、法律だの扶養だのってのが絡まない分、打算も何もない、本当に純粋な関係だと思うんだけどな」
「お...俺も...俺も充彦が好き...すっごい好き...いっぱい感じさせたいし...いっぱい感じさせてくれるのが...すげえ嬉しい...」
「アハハッ、ほらな? 俺らってばほんとお似合いのスーパーラブラブバカップルだと思わね? んじゃあね...今から最後の罪悪感も取り除いてあげましょう」
繋いだ手がゆっくりと動き、指をしっかりと絡めてくる。
ちゃんと聞くという意思を伝えようと、俺はその指に力を込めた。
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