31 / 420

癒されたい、赦されたい【11】

  「俺らが初めて会った時の事って覚えてる?」 ポソと呟くような声に、俺は大きく頷いた。 忘れるはずもない。 当時ビデオの売り上げトップだった女優さんと、アイドル的な人気でナンバーワン男優と言われてた『みっちゃん』との3Pの現場。 本来なら、まだまだ駆け出しだった俺が呼ばれるような現場じゃなかった。 充彦と並んでもそれほど見劣りしない男優を探してて、ありがたい事に俺が選ばれたらしい。 女優さんは確かに人気が高いだけあって相当可愛かったし、本当にスタイルも良かった...ま、胸はちょっと違和感があったし、何より俺に対しての態度が半端じゃなく冷たくてちょっとげんなりした。 ただその時は、女優さんの印象がどうこうはどうでも良かった。 あまりの『みっちゃん』のカッコ良さに釘付けになっていたから。 耳元で何かを囁きながら長い髪を撫でる指の動き、キスを求めて甘えるように突き出した唇、そしてあっという間に演技を超えて本気で相手を感じさせるテクニック。 何もかもが衝撃だった。 あんまり綺麗で色っぽくて、でもちょっとだけ子供っぽくて。 その容姿や表情に加えて、比べ物にならないプロとしての技量の違いと独特の雰囲気作りを見せつけられた俺は、情けなくもその場に立ち竦んで動けなかった。 3Pだというのに、ただそれを見ていることしかできなくて...。 その時の設定が、『先輩カップルのエッチに無理矢理引きずり込まれて、戸惑いながらものめり込んでいく後輩』なんて物だったからまだ良かったようなものの、これがもし他の現場だったらたぶんその場でスタジオから放り出されていただろう。 『使えない男優はいらない』って。 いつまでも棒立ちの俺に向かって、みっちゃんは女優のアソコをグチュグチュかき混ぜながら優しく笑って言った。 「こっち来て、気持ちよくしてあげるの手伝ってよ」 それが、役として『先輩が後輩を誘っている』言葉だったのか、それとも動けずにいた俺を気遣っての言葉だったのかはわからない。 ただ、それをきっかけに俺は自分の役割を思い出し、なんとか最低限の仕事はこなす事ができた。 本当に最低限だけど。 その日から俺の頭の中はみっちゃんの事でいっぱいになった。 自分が腕を磨き、現場が俺を必要としてくれるようになれば、いつかきっとまたみっちゃんと会える...それを目標に必死で仕事を頑張ってたと言っても決して過言ではなかったと思う。 「あの時さ、ノノカちゃんすげえ機嫌悪かったでしょ?」 「うん、悪かったねぇ。俺、完全に無視されてた」 「あれね、俺のせいなの」 そう言うと、懐かしむようにクスクスと笑いながら、クイと俺の腕を引いた。 決して小さくはないはずの俺の体が、やすやすとその胸に落ち着く。 「もう抱き締めても大丈夫?」 「...うん...」 本当はまだ少し触れられた所がピリピリする。 でも、当時の強い憧れの気持ちを思い出すと、こうやって抱き締めてもらえる今の幸せを噛み締めたかった。 充彦も俺の状態がわかってるのか、体に回した腕にそれほど力は入れてこない。 「ほんとはね、あの日はシチュエーションをひたすら変えながら、ずっと二人きりでエッチしてる予定だったんだ。あの子が俺の事好きだってのは結構有名な話でね、3Pなんてやりたくなかったんだよ。マジで勇輝が邪魔だったの」 「え? いや、だったら...どうして俺が...?」 「俺が呼んでもらった...内容変えてでも、女優怒らせてでもいいから、どうしても勇輝と仕事がしたかったんだ」 「なんか...それじゃまるで...充彦が俺の事知ってたみたい...」 「知ってたよ。勇輝のデビューから知ってた。でね、一緒の現場になれるチャンスをずっと窺ってたんだ」 ...意味がわからない。 俺は、この業界に知り合い...というか、かつての馴染み客がいた事で、汁男優なんかの下積みをすっ飛ばしていきなり絡みからデビューした。 そういう意味では『変わり種』として注目されてはいただろうけど、それでも当時は有名な子と共演してたわけじゃない。 単体での撮影もそれほど多くは無かったし、いわゆるメジャーレーベルでの仕事は限られていた。 充彦の目に留まる機会があったなんて思えない。 不思議そうに充彦を見上げれば、その視線に気づいたらしい充彦は恥ずかしそうに顔を赤くしながら俺の顔を自分の胸元に押し付けた。 照れている表情を見られたくなかったんだろうか...俺の顔が押し付けられたその胸は、驚くほどの早さでトクトクと鼓動を響かせている。 動揺しているのは明らかだった。 「一目惚れ...だったんだ...」 頭の上から吐き出す息と共に漏れてきた声は今にも消え入りそうで、それを聞いた俺の鼓動も同じような早さへと変わった。

ともだちにシェアしよう!