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癒されたい、赦されたい【12】

  「勇輝ってさ、初めてのビデオ撮影の時の事って覚えてる? デビュー作ってやつ」 「そりゃあ覚えてるよ...すっごい緊張したし。俺ね、まともに見たことなかったから余計にかもしれないんだけど、AVってもっと暗くてこじんまりとした感じの場所でコソコソ撮影してるんだと思ってたの。それがさぁ、自分が考えてた以上にスタジオの中って人多いんだもん。ほんとビビった」 「よく言うよ~。最初っからばっちりチンポ勃たせて、全然NGも出さなかったくせに」 小さな声で、まだ言葉の端々には照れたような色を含ませたまま、それでも少しからかうように笑う。 俺からしてみれば、あの時NG出さなかったとか最初からちゃんと勃起できてたとか、そんな事をなぜ充彦が知っているのかが不思議でならない。 「あの時スタジオにいたのってさ、実は半分くらい野次馬。知ってた?」 「あ、やっぱり? だよなぁ...俺、あれからどんな女優と絡んでも、あそこまでスタッフが多い現場なんて当たった事ないもん」 かつての常連客の中にいた、AV業界ではかなり有名な監督。 働いていた店が薬物事件の関係で摘発を受け閉店し、行き場の無かった当時の俺に、『次に予定してるビデオに出てみないか』と声をかけてきた。 俺にそんな事ができるのか、ほんとはかなり不安だった。 戸惑いから返事ができずにいたら、『普段からイメージプレイなんかもやってくれてたんだから、その延長だと思えば大丈夫』なんて言われ、長く可愛がってくれた人のお願いなら...と引き受けたのがすべての始まりだ。 撮影予定のビデオは全編が逆レイプ物のオムニバスで、セクハラ上司に復讐するOLだとか、PTAのオバサマ方に迫られる保育士とか、確かそんな設定ばかり。 その中で俺は、校則違反を繰り返す超肉食系ギャル集団に教室で襲われる、真面目でおとなしい風紀委員役を割り当てられた。 まあ確かに常連さんから『電車でサラリーマンに痴漢されて、嫌だけど恥ずかしくて声も出せない高校生になりきって!』なんてリクエストがあり、自分なりの淫らで憐れな高校生役にたいそう喜んでもらった記憶がある。 ドMの上司を口汚く罵りながらその体を激しく貪るドS部下ってのもあったっけ...... 今にして思えば、こんな芝居がかった設定をいつもリクエストしてたのはこの監督だったのかもしれない。 「あの野次馬の中にさ、実は俺もいたんだよね~。隣のスタジオで撮影控えてて、なんかスタッフが勇輝の噂で持ちきりだったから見に行ったの」 「噂って...?」 「監督がわざわざ連れてきた全くのド素人が、そこそこ芝居がかってる上にかなりハードな撮影でいきなり本番やらされるらしいぞって」 確かに、俺みたいな経歴の男優はそれほど多くない。 最初は助監督だったけど、男優が足りなくて急遽チンポ要員として強制参加させられたとか、元々男優志望で応募してきて、アルバイトしながら汁男優から地道にステップアップしたとか、そんな人がほとんどだ。 勿論、元スカウトマンだったとか現役ホストなんて変わり種もいるけれど決して多くは無いし、何よりこういう人はあまり長くは続かず、肩書き勝負の一発屋で終わることが多い。 ましてや、『童貞くんのお部屋に突撃訪問』なんて企画でもなければ、全く出演経験の無い素人がいきなりピンで起用されるなんて事は通常はあり得ない事だった。 そう、今もこうして続けてみて改めて思う。 俺のデビュー作は...間違いなくイレギュラーだった。 「あの時相手してたギャル役って、みんな痴女系のビデオでガンガンに男責めてる女優さんばっかだったしさ、結構エグい言葉で辱しめてたじゃない。見てる俺らもちょっと可哀想になってたくらいだったからね。あれはさすがに素人にはきついだろう、恥ずかしいやら悔しいやらで泣きだすんじゃないか...なんて思ってたんだよ。チンポもまあ最後までシナシナのまんまだろうなぁって」 「......できたよね、全然」 「そう、できたの。それどころかさ、途中からみんなマジで感じてきちゃって本気で腰振ってんだもん、ビックリだよ。おまけに、全員相手にしてもケロッとしてるし」 「まあ...今までにも言葉責めが好きな客もいたし、複数プレイとかの経験もあったから...とかじゃないのかな?」 「いやいや、そういう経験値の問題じゃないんだよ。あれって本能だと思うんだ...女が自分から跨がって腰振りだした瞬間、眼鏡の奥の勇輝の目付きが変わってさぁ...」 「目付きって...何、それ」 「真面目な風紀委員の顔からすげえ色っぽい目に変わって、じっと相手の反応観察してんの。たぶんね、一番感じる角度とか場所なんかを計ってたんじゃないかな? おまけにちゃんと全員を相手にするための体力の配分も考えてたんだと思う」 そんな事を言われても困る。 目付きが変わってたなんて事を言われた記憶は無いし、あの時の俺に相手をひたすら悦ばせようとするだけの余裕があったとは思えない。 勿論今は、相手ができるだけ本当に気持ちよく、そしてカメラの前の痴態をいかに綺麗にイヤらしく見せられるかを考えて自分なりに努力してるつもりだけど。 「俺さ、あの目付きにやられた...ほんと一撃。いやらしくて、それでもすげえ純粋で綺麗でどこか冷たくて。あの目で俺の事真っ直ぐに見てくんないかなぁとかさ、その瞬間に思ったんだ。んで撮影が終わった途端さ、焦ったみたいにペコペコ頭下げながらあの時の女優陣に『ほんとに下手くそですいません』とか必死に謝ってんの。ああ、なんだコイツ、すげえ可愛い...って、胸がザワザワした」 ......いや...あの...初めて聞いたんですけど。 ま、たぶん充彦も初めて言うからこんなに心臓がドキドキしてるんだろうな。 ってか、俺、そんなにペコペコ謝ってたっけ... 当時の事を徐々に思い出すとなんだか恥ずかしくて恥ずかしくて、目一杯充彦の胸にギューッと顔を押し付けた。 「それからもね、現場が近いとか聞いたら実はコソコソ見に行ったりとかしてたんだよ。最初の時はあんなに小動物みたいな雰囲気だったのに、俺が次に見た時はすげえ悪い顔して女の子責めまくってたなぁ。勇輝に気づかれないようにずっとコッソリ見てたの...チンポ、パツパツにしながら」 「...ス、ストーカーかよ...」 「ストーカーだったかもね~。たまに自分でも『何やってんだ?』って自己嫌悪に陥ったもん。俺、誰かにそんなに執着したことなんてなくて、それがどういう気持ちなのかもよくわかんなくて...んでさ、自分のそんな気持ちがなんなのかハッキリさせたいってのもあって、ずっと『どうしても共演してみたい男優がいるから呼んで欲しい』って監督とか制作さんなんかに無理をお願いしてたんだよ。なかなか簡単には叶わなかったんだけどね」 俺はゆっくりと顔を上げる。 たぶん真っ赤になってると思うけど、目の前の充彦のが絶対顔赤いよな。 でもその赤い顔の真ん中にある目は真っ直ぐに、優しく俺を見つめていた。 「俺達はね、勇輝が俺に声をかけてきたから始まった関係じゃないんだよ。俺が勇輝に勝手に恋焦がれて、先輩だの格上だのって立場を利用して近づいたの。わかる? あの時勇輝が声をかけてくれなくても絶対に俺から声かけてた。だって、勇輝が俺を意識するよりももっと前から、俺は勇輝の事が好きだったんだから」 「でも...でも...俺も充彦が...すげえ好き...ずっと好き...だったから...」 「うん。でもね、やっぱり先に好きになったのは俺。だから勇輝が『自分から声さえかけなければ』なんて事を気に病むのは大間違いなんだよ。出会った時には、俺はもうとっくに好きだったんだから」 ああ...罪悪感を取り除く...そんな充彦の言葉の意味がようやくわかった。 俺さえ声をかけなければ...俺が好きになんかならなければ...そんな考えは最初から間違っていたんだ。 俺が充彦に焦がれて苦しんだように、充彦はそれよりももっと前から俺を思っていてくれた。 強く惹かれ合い、求め合い、そして今こうして一緒にいられるのは...奇跡だけど必然。 「好きだよ、勇輝」 大きな手が、俺の頬を包む。 俺はそっとその手に自分の手を重ねた。 「俺も...俺も好き...本当に...誰よりも好き...」 「ねえ...もうキスしても大丈夫そう?」 その言葉に、俺は自ら唇を寄せた。 舌で唇を割り奥まで忍ばせる。 まだ熱は燻り、その感触に体は小さく震えた。 いや、燻ったままだった体に、再び火が着いたのかもしれない。 愛しくて嬉しくて、奥から奥から欲が溢れてくる。 充彦の手が、それを更に煽るようにサワサワと肌を滑っていった。 「いい?」 「したい...俺がしたいの...もっと充彦を感じたい...」 しっかりと充彦の首に腕を回すと、俺達は絡まり合ったまま、再びシーツの海へと体を沈めた。 ********** 「んふっ、旨かったぁ。ごちそうさま」 「はいはい、お粗末さまでした」 目の前の真っ白な皿を綺麗に平らげ、俺はきちんと手を合わせた。 夜の約束の通り、今朝は朝から甘い甘いフレンチトーストにルッコラのサラダ、それにジャガイモのポタージュスープが用意されていた。 その上今、絶妙なタイミングで温かいカフェオレと、充彦お手製のパウンドケーキまでが提供される。 ヤバい...美味すぎる...幸せすぎる... 「どう? 今日のはフィグを混ぜ込んでみたんだけど」 「あれ? フィグってなんだっけ?」 「イチジクだよ。セミドライにしたイチジクを刻んで入れてあるの。ビタミンとかカルシウムとか栄養豊富だし、何より...」 「何より?」 「痔に効くって言われてて...」 とりあえず手近にあった新聞を丸めて、思いきり充彦の頭を叩いてやった。 わざとらしく後頭部を押さえて蹲る姿を気にも留めず、チラリと時計を見て慌ててケーキを口に放り込む。 「ぼちぼち行ってくるね」 立ち上がると、充彦がそっと俺の腰を撫でてきた。 一瞬『もう一発殴ってやろうか』とも思ったけど、その触り方はいやらしさを含んだ物などではなく、振り上げかけた手を元の場所に戻す。 「大丈夫そう?」 「うん、まあ大丈夫だろ。怠い痛いは自業自得だから。特に...今日はね」 「終わる頃迎えに行こうか?」 本気で心配そうに俺を見つめる充彦に、俺は触れるだけの口づけを送る。 「いい、大丈夫。それよりもさ、晩飯リクエストしてもいい?」 「うん、勿論」 「じゃあね、煮込みハンバーグがいいかな...体ヌクヌクになりそうだし。デミソースも手作りだとすげえ嬉しい」 「オッケー、了解。じゃあ、勇輝好みの最高に旨いハンバーグ作って待ってるよ」 「あ、あと...」 ギュウと充彦の体を抱き締める。 すぐに充彦の腕もしっかりと俺の腰に回された。 「今日もさ...疲れ解してくれる?」 「心も体も、優しく甘く激しく癒してさしあげますよ、お望みのままにね」 改めて唇を合わせる...さっきよりも少しだけ深く。 舌を絡められないのは残念だけど仕方ない。 今は...この体に火を灯す訳にはいかないから。 後ろ髪を引かれながらも唇を離し、少しだけ無理をして笑って見せる。 「では、これより女の子を癒やしに行ってまいります」 「いってらっしゃ~い。今日もいっぱい女の子を気持ち良くしてあげるんだよ~」 片手を上げて充彦に背中を向けると、俺は重い腰と軽い心で玄関へと向かった。

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