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凛々しきフォトジェニー【勇輝視点】
いよいよ今日は、大手出版社から発売が予定されている例の雑誌の写真撮影日。
俺と充彦、二人併せて雑誌の中心に綴じ込みの形で32Pという、異例のページ数を割いてもらうことになっているのだそうだ。
表紙側からは俺単体の、裏からは充彦の写真が掲載され、真ん中のページで俺達が出逢うかのように構成される。
写真集も今回のグラビアも、コンセプトは『ラブ&エロス』
ただし写真集とは違い、雑誌の方は『女性の為のセクシー』を目指すとの事で、充彦と俺の絡みはない。
あくまでもここでは出逢い、そして運命を感じさせるに留め、その後の写真集への繋がりを予感させるようなグラビアになる予定だ。
俺と充彦では設定が違うから、それぞれの撮影場所も変わる。
先にまず充彦の撮影を行い、終わり次第次の現場に移動して俺の撮影。
さらに明日は、二人一緒に別の場所で撮影する事になっていた。
ここで撮り直しなどがあれば、予備日として押さえられている来週の日曜日に再撮影となる。
俺が先に行われる充彦の撮影に同行する必要はないのだけれど、初めての大きな仕事に飲まれない為にも現場の空気を感じたくて、結局朝から一緒に家を出た。
迎えに来てくれた社長の車で最初の現場に向かう。
着いたのはまだ新しい綺麗なマンション。
ここは賃貸ではなく、投資目的での購入者もかなり多いという人気の分譲物件なのだそうだ。
俺達はその建物の中の、普段はモデルルームとして公開されている部屋に通された。
室内は、前日までに撮影スタッフの手によって小道具・大道具がセッティングされていたらしい。
事前にホームページに載っていた写真とは随分と雰囲気が違う。
都会的なスタイリッシュな空間ではなく、ほっと落ち着けるような明るくて優しい印象の部屋に変わっていた。
これはすべて、今回充彦に与えられたコンセプトである『愛する彼女との幸せな休日』
を演出する為のセットだ。
エリートサラリーマンとして働く充彦と、いずれは結婚を...と考えている彼女が同棲している部屋という設定らしい。
なるほど。
部屋全体はシックな色調の家具で統一されているけれど、所々に女性が好みそうな色合いが絶妙に配置され、また、男女二人で生活している事を暗示する小物もチラチラと並んでいた。
さすがは有名雑誌の仕事と言うべきなのだろうか。
絶対に写される事などないだろうといった部屋の細部にいたるまで、完璧なセッティングが施されている。
リビングの端には観葉植物が置かれていたり、キッチンの水切りカゴの中にはお揃いのマグカップが用意されていたり。
これがAVの現場だと、カメラに映らない場所にまで気を遣うなんて事はあり得ないから、病院のベッドの上でナースと絡んでいる背後には実は教室の机が積み重ねてある...なんて事はザラなのだ。
なんだかこの室内を見ているだけで少し喉が渇いてくる。
俺達を撮る為にこれだけの人間が動き、相当な費用が費やされている事を実感して、柄にもなく少し緊張してるのかもしれない。
中途半端な作品にすることなど許されないのだと背筋が自然とスッと伸びた。
「あ、みっちゃん、勇輝くん、はじめまして。今回の撮影を担当させてもらいます、中村と言います」
入り口のそばでスタッフの動きを見ていた俺達に一人の男性が近づいてきて、にこやかに右手を差し出してきた。
充彦と俺と、交代でその手を取る。
度会馨は、あくまでもこの後の写真集のカメラマンだ。
今日と明日はこの中村さんという若いカメラマンさんが担当してくれるらしい。
「彼、まだ若いんですけどね、普段から男性をスタイリッシュに撮らせたらピカ一なんですよ」
そばに立っていた、今回の企画の責任者である長瀬さんが少し得意気に俺達に話してくる。
中村さんはニコニコの笑顔を崩す事なく右手を顔の前で小さく振った。
「いえいえ、俺なんてほんとまだまだですって。いつもはあくまでも洋服が主役の写真を撮ってるんで今日はちょっと勝手が違いますけど、こんなに素敵なモデルさんと仕事ができるんですから、最高にカッコ良くてセクシーな作品にできるように、精一杯頑張りますね」
俺達とほぼ同年代だろうか。
穏やかな笑みを浮かべている彼からは...何故だろう...その笑みには不釣り合いなほどの情熱と、そして静かで大きな野心を感じる。
ひょっとすると俺達と同じで、こんな大きな仕事を与えられるのは初めてなのかもしれない。
そしてこの仕事が、自分にとっての最高のビッグチャンスだと受け止めているんだろう。
証拠があるわけでも、そんな発言が出たわけでもないのに、不思議とそれが間違いではないと確信に近い物を感じていた。
俺達自身の為なのは勿論だけど、これは彼の為にも撮影を良い物にしなければならないと改めて気合いが入る。
充彦もどうやら同じ事を感じたらしい。
「全部お任せしますから、とにかく納得がいくまで何度でも撮り直してください。俺ね...なんとなくなんですけど、あなたとならとてもイイ仕事ができる気がしてます」
今度は充彦の方から右手を差し出し、二人はグッと強くお互いの手を握り合った。
「よしっ、じゃあですね......ぼちぼちみっちゃんは着替えてもらってもいいですか? すいませーん、相手役の女の子も準備できてますか?」
中村さんの言葉に充彦は小さく頷くと、着替えとヘアメイクの為にリビングを出ていった。
アシスタントらしい男の子がレフ板を手に指示を仰ぎ、大人しそうな女の子が頭を下げながらリビングへと入ってくる。
いよいよスタッフの動きは慌ただしくなり、室内にはピンとした緊張感が漂い始めた。
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