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凛々しきフォトジェニー【2】
俯き気味に入ってきた充彦の相手役の女の子はAVとかグラドルなんて仕事をしてるわけじゃなく、普段は通販カタログやチラシなどで服のモデルをするかたわら、絵のヌードモデルをやってるらしい。
それだけで生計が立てられるのかと思わなくはないけれど、日本画のモデルとしてはかなり人気がある人なんだそうだ。
なるほど、いつも俺達の周りにいるちょっと下世話で卑猥な、良くも悪くも元気な女の子達とは確かに少し雰囲気が違う。
なんというか...普通なのだ。
本当に普通。
ずば抜けた美人というわけではないし、身長は高いけれど驚くほどグラマラスでセクシーって感じでもない。
だから、個性を求められる流行りの雑誌などではなかなか活躍できないんだろう。
ただ、清楚で物凄く透明感があって物腰が柔らかくて、なんだか『幸せな日常』という設定にはぴったりに思えた。
「みっちゃん、準備終わりました~!」
「すいません、遅くなりました」
大きなメイクさんの声と共に、充彦が戻ってきた。
その姿に思わず一瞬息を飲む。
ダークグレーの細身のスーツに、不自然にならない程度に後ろへと流された髪。
『既製品だとイマイチサイズが合わないんだよなぁ』と苦笑いを浮かべていたのがまるで嘘のように、そのスーツは長い手足にピタリと合っている。
もう役を意識しているのか、いつもよりいくらか落ち着いたその表情はまさに『企業戦士』といった雰囲気を漂わせていた。
大きな体をぴたりと覆うスーツは、さながら最強の戦闘服といったところか。
その立ち姿のあまりの美しさに、俺は言葉を失っていた。
普段の困った顔をしたり、エッチな話をしながらケラケラと笑い転げている姿こそが実は偽りなのではないかとさえ思える。
すぐ隣に相手役の女の子が立つと、何やらさっそく一言二言言葉を交わし始めた。
あれはいつもの充彦のやり方だ...軽い調子で声をかけて相手役の持っている空気を読み、緊張をほぐしたり、逆に緊迫感を煽ってその現場で求められる表情を作りやすくしてやる。
「いやぁ、やっぱりみっちゃんてイイ男ですね」
思わず漏らしてしまったとでもいうように、そばにいた担当さんがポツリと呟いた。
それに俺も無言で頷く。
本当に...本当にイイ男だ。
ため息をつく事すら畏れ多いほどに。
隣で微笑む大人しそうな彼女と並んでいると...なんだかすごく...似合ってる。
「ちょっと流れで撮影していきます! 仕事から帰ってきて、ネクタイを緩めながら愛しい彼女に微笑みかけるとこまで。じゃあ、愛実ちゃんはここに立って。んで、みっちゃんの視線は愛実ちゃんの目元でお願いします」
「はい」
中村さんの指示通り充彦は彼女をじっと見つめ、仕事終わりの気怠さを漂わせながらネクタイに指をかけた。
「もう一回! 今度はもっと、彼女に会えた嬉しさを出して!」
ネクタイを整え直し、今度は目元に愛しさを滲ませながら微笑む。
「もう一回! 今度は、帰るなり彼女に対しての欲情が抑えられない感じで!」
欲をギラつかつかせたような瞳で彼女の姿を射るように見つめ、乱暴にネクタイを引き抜く。
次々に求められる表情と動きに的確に自分を変えていく充彦。
そのどんな顔も、俺の胸をひどくざわつかせた。
「はい、オッケーです。シャワーシーンはまた後で撮らせてもらうんで、先にベッドシーンいきますね」
「えっと...俺は全裸?」
「ええ、できれば。ベッドの上で脚を絡ませ合ってるシーン撮りたいんです。だから次のシーンは前張りの全裸で」
「うわ、前張りかぁ...アレ痛いんだよなぁ...俺、結構毛深いからさぁ」
そこだけはいつもの空気に戻った充彦が、少しふざけて笑う。
「おっ!? なんならツルッツルに剃ってから前張りしてもらってもいいですよ。待ちますんで」
「いや~ん、ツルツルは勘弁して~」
自分の吐いた軽口にサラリと乗ってきた中村さんの肩を嬉しそうに叩きながら、充彦と彼女は一旦部屋を出た。
俺達を含め、スタッフが一斉に寝室へと移動する。
キングサイズのベッドに真っ白なシーツと真っ白な布団。
ちょっとだけ...ちょっとだけなんだけど...うちのベッドと似ている...気がした。
それほど待たされる事もなく、服を脱いでガウンに着替えた二人が入ってくる。
並んでベッドに腰をかけると彼女に気を遣ったのか、充彦が先に上を脱いだ。
「たとえ写真だって言ったって、絡みなんて初めてだよね?」
「あ...はい、初めて...です」
「ごめんねぇ、俺みたいなのが相手で。たださ、俺のがこういう仕事って慣れてるから、全部安心して任せてくれて大丈夫だよ。ね?」
いつもの、初めてAVに出る女の子の緊張を解してあげるときと同じような優しい笑みを彼女に向ける。
充彦に見つめられる彼女の顔は、みるみる赤く染まった。
なんだろう...すごく嫌だ。
「じゃあ、最初は特にこっちから指示出さないんで、一先ずみっちゃんにお任せします。とにかく大切な人を精一杯可愛がるつもりでよろしく。あとは様子見ながら指示します」
「了解です。じゃあ愛実ちゃん、こっちおいで」
導くように手を握り、彼女をベッドの上にそっと横たえる。
カメラの位置を確認し、バストトップが写らないように気遣いながらゆっくりとガウンを剥ぎ取ると、充彦が彼女に覆い被さった。
真っ白な部屋。
カーテンの隙間から射し込む光すらも計算されているのか、ベッドの上の二人は神々しいほどに輝いて見える。
俺の胸は、そんな二人の姿にギリギリと音を立てて軋み始めた。
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