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その時は近づく【勇輝視点】
質問コーナーを終え、俺達は一旦控え室へと戻った。
それなりの時間立ったまま喋りまくった事で、さすがに少し疲れたらしい。
安っぽい、ごくごく普通のパイプ椅子にドカッと腰を下ろすと、ゆっくりと全身の力を抜く。
誰が用意してくれていたのか、タイミングを測ったようにテーブルには冷たいスポーツドリンクが置かれていたのが本当にありがたかった。
「いやあ、しかし...ちょっと微笑ましいのからドぎついのまで、色んな質問があったねぇ」
「俺らのどういう部分にみんなが興味持ってくれてんのかわかって面白かったけどな」
「あの...俺、相変わらず全然面白い事も言えなくて...すいません」
汗を拭きながら二人でダラダラと話していると、航生がひどく真面目な顔で俺達のすぐそばに立った。
額に滲む汗もそのままに、『気をつけ!』みたいに直立している。
「ん? 何?」
「俺、自分が質問に答えるの精一杯で、皆さんに話を上手く振ったり笑い取れるような事も言えなくて......」
本当に申し訳なさそうに体を直角に近い角度で折り曲げた航生の頭に、充彦がポンとデカイ手を置いた。
その航生を見る目は、うっとりとしてしまいそうなほどに優しい。
「お前に、あの場を仕切れとか笑わせろなんて事は望んでないよ。ただ真剣に、どんな質問にでも真摯に答える姿を見せてくれれば良かったの。そしたらあとは、俺に勇輝、慎吾くんの3人でどうとでも膨らませる」
いつにもまして穏やかな充彦の声に、航生は恐る恐るといった風に顔を上げる。
俺らと同じ時間立っていて、俺らよりもはるかに緊張していて、本当はきっとクタクタだろう。
けれど、勧めた椅子にも座らず真っ直ぐに俺達を見ている航生の生真面目さが本当に愛しいと思った。
「あのな...心配しなくてもさ、俺ら4人てのは不思議なくらいにちゃんと役割が決まってると思うんだ。勇輝と慎吾くんが、多少暴走気味だろうがなんだろうがガンガン前に進んでいくタイヤとエンジンでね、俺がそれを加速させたり方向性を決めるアクセルとハンドルなの」
「それ...別に俺がいなくても...前には進めるじゃないですか......」
「バッカだなぁ。それだけじゃ前には進めないだろうよ。いや、違うな...がむしゃらに前に突進するだけで、目的地には到着しないだろ?」
俺も充彦を真似るように航生の頭に手を置くと、そこをポンポンと軽く叩いた。
それはまるで、小さい子を宥めるような動きだったかもしれない。
「俺も慎吾も、基本は穏やかで大人しい人間だと思うよ。けど感情が昂ってくると、ちょっとその感情に任せて突っ走りすぎるとこあるだろ? 例えそれがいい感情でも悪い感情でもさ。そこに充彦が加わると、無駄にアクセルふかすかもしんないし、前に壁があっても避けないで正面突破しようとするかもしんない」
「壁にぶち当たりそうな時、アクセル踏みすぎて暴走に拍車がかかった時、そんな時こそ真面目でわりと冷静なお前が...俺らのブレーキになんだよ」
「そんなの、ちょっと荷が重いです......」
「そうか? でも今日だって、いつまでも暴走してる俺らに軽い毒吐いたりこっそりツッコミ入れたりして、ちゃんと軌道修正してくれてたと思うけどなぁ」
「お前はさ、今のままでいいんだよ。無理に笑いに走ろうとしなくてもいいし、適度にエロいのに頭の中は真面目でガチガチって方が俺らもやりやすい。何より、ファンの人も俺らも、お前の今の変に擦れてないとこに魅力を感じてるんだから」
慎吾がゆっくり近づいてきて、そっと航生を後ろから抱き締めた。
その途端、航生の顔が一気に朱に染まる。
「航生くんのそういう一生懸命なとこが好きなんやけどさ、『自分はアカン』とか『なんで何にもできへんねやろ』とか、そんな風には思わんとってよ」
「慎吾...さん......」
「適材適所って言うん? 努力して苦手を克服すんのは大事やと思うけどさ、お互いに足りへんモンとか不得意な事とか、補い合うために俺ら一緒におるんちゃうの?」
「俺でちゃんと補えてますか?」
「あったり前やん! 航生くんおらんかったら、頭も下半身もユルユルの俺が東京でまともな生活送れてるわけないやろ? たぶん恥ずかしいやら情けないやらで、勇輝くんに会いに行くこともできてへんで?」
慎吾が前に回した腕を解き、くるりと航生の体を自分の方へと向ける。
不安げなままだろう航生に向けた慎吾の笑顔は、それを払拭するには十分すぎるくらいに眩しくて綺麗だった。
「航生くんの苦手な事を俺が補う。俺のアカンとこは航生くんがフォローする。みっちゃんとか勇輝くんと違うて俺らまだまだ半人前やけど、半人前が二人でおったら一人前になるやん?」
「で、でもっ! 俺...もっともっと強く賢くなって、必ず一人前になります!」
「うん、そしたらその時には、勇輝くんらに負けへんような最強のバカップルになれるね」
「はいはい、ぼちぼち航生の無意味な反省会と、慰めてるみたいに見えて実はただの愛の告白は終了ね~」
変わらず優しい顔のまま、充彦が今度は結構な力で『パンッ』と航生のケツを叩いた。
驚いたらしく、航生の背中がピクンと跳ねる。
「もうじきイベント終わりなんだから、さっさと着替えて準備しろよぉ」
今日のラストには大切な話が待っている...それを思い出したのか、航生だけでなく慎吾の動きも瞬時に固まった。
緊張感の走る二人を気遣っているのか、ヘラヘラとした笑みを浮かべたままガシッと航生と慎吾の肩を掴む。
「あのさ、俺はこの世界辞めるけど...お前ら二人の事、絶対離さないから」
「な、何を...急に......」
「これから先の人生でも、俺らはずっと4人一緒。航生は俺と一緒に仕事してもらうし、慎吾くんにも勇輝のそばで夢を見つけてもらう。だから今日は終わりの発表じゃなくて、俺らの新しい道への一歩だし...決意表明だから。いいか? お前らまでビビるな」
なんだかそれを見ていると頬が弛んでくる。
航生と慎吾を励まそうとして、実は自分が緊張してるって白状してるってのに気づいてないんだろうなぁ...『お前らまでビビるな』なんて、『俺はビビってます』って言ってるようなもんなのに。
どうやら今一番冷静で客観的な状態でいるのは俺らしい。
とりあえず、仕方ないなぁなんて顔をしながら、全員のケツをペチペチペチと叩いていった。
「はいはい、お待ちかねのお嬢様方の為に、麗しく変身しなきゃね。航生も慎吾も、この後は俺らに任せればいいから。んで空気が悪くなりそうになったら慎吾...よろしく。無理矢理テンション上げすぎて俺らが収拾つかなくなったら...航生の出番な? じゃあ皆さん、気合い入れて男前になりましょうっ!」
『シャアッ』と円陣もどきで気合いを入れると、部屋の隅のパイプハンガーに掛かっている服へとそれぞれ手を伸ばす。
航生と慎吾が俺達に背中を向けた瞬間、充彦の首に腕を回して思いきり引き寄せた。
いきなりの事に体を強張らせる充彦に構わず、そのまま力任せに唇を押し付けた。
癖のように伸びてきた充彦の舌が触れたところでそっと唇を離し、コツンと額を合わせる。
「大丈夫...みんな最初は驚くだろうけど、ちゃんと受け入れてくれるから。心配なら俺がいるよ。航生も...慎吾も...これからの充彦を支える人間がすぐそばにいるんだから、大丈夫」
「カッコ悪いよな...ほんとはちょっとだけ怖いとか。こんだけ盛り上げといて何!?って思われそうで」
「あんなに俺らの事わかってくれてる質問がいっぱい来てたんだぞ? お前が夢追うなら、みんな拍手して送ってくれるよ」
「......ちゃんと隣、いてな?」
「いるよ。ちゃんと見てるし、これからもずっと一緒にいる」
充彦の体から、不必要な力が抜けていく。
長い腕が俺の体に回されると、一度だけギュッと強く抱き締められた。
「おっしゃ。行ける行ける。俺だけじゃないからな」
この時の為にみんなで決めた漆黒のフォーマルに手を伸ばす充彦の顔は、いつもよりもずっとずっと男らしくてため息が出た。
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