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麗しのフォトジェニー【充彦視点】

  俺の現場だったモデルルームに撤収のスタッフを残し、撮影メンバーは次の場所へと移動する。 勇輝の為に用意されたのは、都内のとあるホテルの一室。 ラブホテルなんかじゃなく、超一流と言われるホテルのセミスイート。 中へと入れば、そこには既に複数のスタッフと相手役の女性が待機していた。 俺の撮影コンセプトが『幸せな日常』で色に例えるなら『白』だったのに対して、勇輝のコンセプトは『背徳の夜』で色は『黒』という事らしい。 なるほど、相手役にしても俺の時とは随分とちがうようだ。 年齢からして俺達よりも少し上らしい。 不倫の関係...ってとこか。 勇輝はスタッフに案内され、着替えへの為に隣室へと向かう。 アシスタントの男の子にカメラのセッティングを任せ、妙に楽しそうな顔の中村さんがちょこちょこと俺の隣にやってきた。 「どーも、お疲れです」 「あ、お疲れさまです。さっきの撮影さ、すっごい良かったよ~。あんまりみっちゃんがかっこよくて、俺もちょっとときめきそうになった」 「アハハッ、マジですか? なら良かったぁ」 「いやしかし、みっちゃんてああいうキャラクターの人だったんだね」 「ん? ああいうって?」 「俺ね、実はあんまりAV観ないから二人の事とかよく知らなくてね、宣材写真見た印象と担当さんからお願いされたコンセプトのイメージだけで撮ったんだ」 「...うん、確かにあんまり俺らの事は詳しくなさそうだなぁとは思ったかな。でもね、だからこそ面白い写真になるんじゃないかなぁとも感じたんだけどね。あ、宣材写真しか知らないんじゃ、あまりにイメージ違い過ぎてほんとは『ウゲッ』とかなったんじゃない?」 「よく言うよぉ。ほんとにみっちゃんがあんまりかっこよくてイメージ通りで、俺ちょっとビビったもんね。『ヤバい、俺の腕でこの色気と優しさと包容力がちゃんと表現できるのか!?』な~んて。ところがさぁ、撮影が終わった途端フリチンで勇輝くんトコにまっしぐらじゃない? もうねぇ、『さっきまでの、あのかっこいいみっちゃんを返せ! この詐欺師!』とか思っちゃったもん」 ハハハと明るく笑う声につられて、俺もつい大きな声で笑う。 「いやいや、俺なんていっつもあんなもんですよ。アホバカエロ? ついでに忠犬ハチ公とか呼ばれてるんだから。あ、当然飼い主は勇輝ね」 「こんなでかいハチ公が駅前でご主人待ってたら邪魔だっての。いや、でもマジで撮影の時は痺れるくらいかっこよかった。大人で凛々しくて、文句なしにセクシーでさ。そうそう...今回の衣装提供してくれてる会社に、来季のイメージモデルとして推薦したいんで、今回の写真送らせてもらう事にしたよ。俺がパンフ撮影する関係でモデルの選考は一任されてるから、まあほぼ決まりだと思っといて。ちなみに、さっきみっちゃんとこの事務所の社長さんには許可貰っといた」 おっと、こいつはまたまた初耳の話じゃないか。 まったくあのオッサンは...また事後報告にするつもりだったのかよ。 まあ今更驚きもしないけど。 しかし、メンズファッションのモデル? 俺が? 信じらんないな...この人本気か? まったくの素人だってのに、ほんとに俺でできるとか思ってんの? 「あのさぁ...失礼かもしれない事聞いてもいいかな? 「えー!? 失礼ならやだよぉ。うそうそ、別に気にしなくていいよ、細かい事とか。それで、何?」 「うん、今回のコンセプト決定って担当さんに全部任せちゃってたんだけど、ほんとに勇輝くんで大丈夫なのかな?」 「ん? 大丈夫ってどういうこと?」 「あ、いや...勇輝くんて確かに見とれるくらい綺麗な顔してるとは思うんだよ。ただね、さっきまでの彼の見学してた時の雰囲気見る限り『不倫カップル』なんて怪しい空気が出せるのかなぁと思って。ほら、そもそもの顔の造りが結構童顔だし、さっき壁に凭れてた時の姿なんて透明感の塊みたいだったじゃない? なんならこっちの不倫カップルこそみっちゃんの方が似合ってたんじゃないのかなぁってね。大人の色気とか背徳感て想像しやすいでしょ」 ああ...そういや中村さんてAVあんまり観ないって言ったっけ。 確かに普段の勇輝しか知らない人ならば、これが当たり前の疑問なのかもしれない。 物腰も柔らかいし、綺麗な優しい顔でニコニコしている事も多い。 いつも礼儀正しくて、一見して真面目な性格だともわかるだろう。 おそらくは過去が関係してるんだろうけど、急に自分に自信を無くして人と目が合わせられなくなったり、涙が溢れると止まらなくなったり...こんな仕事をしてるわりに、ひどく繊細で脆い所もある。 ただし! これはあくまでも、プライベートでの勇輝の話だ。 「そうだなぁ...とりあえず余計な心配なんてしないで、アイツを被写体にできる事を楽しみにしといたらいいんじゃないかな。まあ、とんでもないもんが見られるから」 「とんでもない?」 「そう。仕事に入り込んでる時のアイツ見たら、たぶんびっくりするよ。そうだ、その不倫カップルって、どういう状況から不倫関係になったとか、細かいことって決まってる?」 「いや、そこは撮影しながら勇輝くんの雰囲気次第で方向性見極めようかなと...」 「じゃあね、中村さんにヒントあげる。『相手との関係に苦しんでる表情』とか、『お互いに打算で成り立ってる』とか、撮りながら勇輝にとにかく細かく注文つけてみて。面白いだけじゃなくて、中村さん自身の作りたいイメージとか物語性とかね、すっごい膨らむんじゃないかな」 俺の言葉に、中村さんが不思議そうに首を捻る。 まあ、この人が本物のカメラマンならば、勇輝を被写体にした時に燃えないはずはないし、きっとこの人なら燃えるだろうと思う。 もしファインダー越しの勇輝の凄さに気づかないのなら、それはこの人の向上心と実力を俺が買い被り過ぎただけだ。 さあ、中村さんはどんな反応を示すだろう...ワクワクしながらしばらく背中を壁に預けていると、ゆっくりとドアが開く。 「遅くなりました」 スーツに着替えた勇輝の登場に、俺以外の全員が息を飲むのを感じた。

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