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麗しのフォトジェニー【4】

  近づいてきた中村さんの顔を見て、気を利かせたのか担当さんとの打ち合わせを思い出したのか、いつの間にか社長は俺の隣から消えていた。 そのまま中村さんは、まるで当たり前のように社長が元いた場所に立ち、俺の隣でトンと背中を壁に付ける。 「「どうでした?」」 二人がほぼ同時に放った同じ言葉。 一瞬目を丸くし、顔を見合わせながらプッと吹き出した。 「中村さんからどうぞ」 「いやいや、みっちゃんから言ってよぉ」 お互いに変に譲り合ってしまって、このままでは埒が明きそうにない。 結局、俺が先に口を開いた。 「勇輝撮ってみてどうでした? 結構面白かったでしょ。俺が言ってた意味、わかってもらえました?」 「わかったわかった、ほんとわかった。もうね、痛感したよ」 参った!とでも言うように、自分の額をペチンと叩く。 「いやぁ...ほんとすごいわ、勇輝くんて。俺、完全に飲まれてた」 「そうかな? 中村さんだってガンガンに攻めてたじゃないですか。何より、あんまり言葉交わさなくても、しっかりわかり合ってた感じしたよ?」 撮影の冒頭。 相手とキスを始めた途端に勇輝と中村さん、二人揃って『これではダメだ』と判断し、いきなり話し始めたのを思い出した。 中村さんも俺が何の事を言いたいのかわかったらしい。 「ああ、あそこは最高に痺れたね。勇輝くんも同じ事感じてたんだって思ったら、それだけで感動に近いくらい興奮した」 「結局あのキスさ、なんでダメだったの? あれはあれで『濃密なエロス』ってコンセプトには合ってたと思うんだけど」 「俺からしたら、理由は二つかな? 一つは、相手を大切にしてるラブシーンだと、みっちゃんとの対比にはならない事」 ああ、なるほど...愛情溢れるラブシーンってやつを先に俺が撮影していた。 たとえ場所や立場は違えども、相手を愛しく思う気持ちが同じとなると、確かに雰囲気にはどこか似通った面が出てくるかもしれない。 同じコンセプトで状況が違う...という写真ならそれでも良かっただろうが、今回は敢えて完全に対比させるという大前提がある以上、被写体には真逆の感情を求める必要があったのか。 「俺はファインダー越しに、勇輝くんは相手に触ってて気づいたみたいだね。だってさ、彼女の頬を優しく撫でるような仕草とか、唇をそっと押し当てる時の表情とか、どことなくみっちゃんと似てるんだもん」 「......え? そうだった?」 「似てたよぉ。なんなら後でそれぞれのベストショット二枚並べて、パネルかなんかに伸ばして送ったげようか?」 「それは慎んでご遠慮いたします」 「ハハハッ。勇輝くんてさ、みっちゃんに本当に大切にされてるのが体に染み込んでるんだろうね...相手を大切にしようとしたら、たぶん無意識にいつも自分にそうしてくれてる人の動きを真似しちゃうんだよ。あの場はそんな空気じゃなかったから別に何とも思わなかったけど、今こうやって改めて考えたらさぁ、二人って笑えるくらいにラブラブなんだね」 「...はぁ、なんかすいません......」 勇輝の動きが俺のトレースだとまでは、さすがに思ってもなかった。 『相手を大切にしてる』設定だと俺の癖を丸写ししてしまうなんて...ちょっと恥ずかし過ぎるだろ... いや、実は相当嬉しいけど。 でも、これからアイツの『ラブラブイチャイチャ』系のビデオ、まともな顔して見られるかな? 「もう一つはね、この後の写真への繋がりかな」 「この後?」 「そう。この後...あ、明日撮影する分ね。予定されてる内容としては、二人はたまたま出会って衝動的に惹かれ合い、そして結ばれる...あ、結ばれるってのは写真集に引き継がれる部分ね。正直そっちは俺が撮らせてもらえないのが残念なとこなんだけど。でさ、相手の家庭を壊しても構わないってくらい彼女を大切にしてるなら、それほど本当に愛してたとしたら、衝動的に動く事ってできないと思うんだよね。例え強烈に惹かれたとしても、一瞬躊躇するはずだ」 ああ、そうか。 彼女との関係が大切であればあるほど、俺との出会いには消極的になるだろう。 相手の家庭を壊しても構わないとまで思っているとすれば、簡単に彼女を捨てる事はできないはずだ。 それならば、その関係は遊びか道具か打算か...元々『女』をその程度にしか考えていなかった男が、ただ一度の出会いで恋に狂う方が余程ドラマティックで運命的になる。 あの冷淡な笑顔が崩れ、戸惑いとときめきに自分を見失う...勇輝ならば誰よりもその瞬間の変化を表現できるだろう。 「しかしなんか...俺みたいだな...」 「ん? 何?」 「いや、その設定がね、よく考えたら自分と結構重なるなぁと思って」 別に女性を道具だなんて考えた事はないし、遊びで次々つまみ食いしてたなんて事は無い。 ただ、それまで誰かを本気で好きになったことは無かった。 感情の伴ったセックスってのも当然知らなかった。 「俺さぁ...勇輝に対してね、一目惚れだったんだよ。付き合うなんてめんどくさい、本気で誰かを好きになるのは怖いってずっと思ってたのが嘘みたいに、一日中勇輝の事しか考えられなくなっちゃったんだ。これって結構すごくない? ほんとに勇輝との出会いはさ、俺にとって運命的だったの。俺の中の価値観みたいなモンが一瞬でドーンてひっくり返った」 「男に惹かれるってこと自体に恐怖心は無かった?」 「恐怖心? 勇輝が俺を拒絶したらどうしようって恐怖心はすごかったよ。夜も眠れないくらいだったもん。ただし、男を好きになったって意味でなら全然。そりゃあもう、全く。だって俺は男が好きなわけじゃなくて、勇輝って存在がどうしようもなく好きになったんだもん。その気持ちのどこに恐怖がある?」 「......そうか、そうだよな...その人が好きなだけなんだから、世間がどう見るのかとか、性別や立場がどうだとか、お互いの気持ちさえあればそんなの関係ないんだよね...」 中村さんは少しだけ遠い目をすると、何かを思い出したように大きく溜め息をついた。 「あ~あ...本気で写真集も撮りたくなったよ。俺なんかじゃさ、最高の二人を撮るには全然経験値が足りないのかもしれないけど、でもそれなりに二人の良さは引き出してあげられる自信あるんだけどなぁ。二人を撮れるなら写真に限らず、映像にも挑戦してみたくなるんだよね。動いてる二人を俺の作品にしてみたいって...。見た目だけじゃなく中身も最高に男前なみっちゃんと、役次第で見た目も気持ちもあれだけ変えられる勇輝くん...すごい映像撮れると思うんだけどなぁ。なんか俺ね、こんなに誰かを撮りたいって燃えたの初めて。広告の為じゃなく、二人の為の作品作りたいって。でもなぁ...度会馨の撮った二人も見たいんだよな...あの人なら最高にエロくて綺麗だろうし...」 「......んじゃ、撮ります?」 「え?」 「俺もついこないだ聞いたんで勇輝はまだ知らないんですけどね、写真集と併せてDVDも発売予定らしいんです。インタビュー形式のコメンタリーとイメージ映像で。もし写真じゃなくてもいいなら、インタビュアー兼ねてカメラマンは中村さんがいいって...俺から推しときますよ。中村さんとなら勇輝も気兼ねなく話せるだろうし」 俺がニッと笑うと、中村さんの顔がパッと明るくなる。 黙って右手を出すと、それをグッと力強く握ってきた。 「写真集より、DVDのが面白かったって言わせてみせます」 「実質俺の、ラストの映像作品になるんで...頼みますね」 そう言った瞬間中村さんの笑顔が固まり、握り締めた手の力が抜ける。 引かれそうになった手を、離さないように更に力を込めて握った。 「まだごく一部の人しか知らないけどね、俺...AV引退するんです、次の目標の為に。来年以降はそれこそグラビアくらいしかできなくなるから。だから最初で最後の勇輝と二人きりの作品、ばっちり撮ってくださいね」 「い、いやでも...そんな大切な仕事、俺に頼んでいいの?」 「あなただからお願いしたいんです。きっといい表情を撮ってくれるって信じてます。それに、俺もお仕事もらえるんですもんね。そこはギブアンドテイクって事にしときましょ」 ふざけてウインクしてみれば、中村さんはグッと力一杯俺の手を握り返してきた。 「明日もよろしく。みっちゃんのそんな気持ちと期待を裏切らない、最高にかっこよくてエロい写真、撮るからね」 「遅くなりました~」 普段着に着替えた勇輝がニコニコとしながら俺の所に戻ってくる。 「ん? それ、なんの握手?」 「明日も頑張ってエロい写真撮りましょうね~の握手」 「そっか。じゃあ、俺も握手」 握った俺達の手の上に、勇輝もそっと手を重ねる。 「明日1日、またよろしくお願いします!」 「お願いしますっ!」 「お疲れです」 俺達3人は明日の事を考えるだけで自然と笑顔になり、最高にイイ気分で現場を後にした。

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