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大阪LOVERS【3】

今日が土曜日ではなく日曜日で良かったと本当に思う。 それほど早いとは言えないこの時間では、おそらく探してもなかなか空室なんて見つからなかっただろう。 関西のラブホ事情なんて知らないけれど、これはおそらく全国どこでも変わらないはずだ。 今日は幸い、あちらもこちらもギラギラとネオンは光っている。 どこも空室がある証拠だ。 とにかく一番近いホテルに入る。 わりと新しい施設なのか、こういう場所特有の暗い淫靡さは少ないエントランス。 呼び止められるのがさすがに怖いのか、勇輝は珍しく背中を丸めて俯いていた。 そんな勇輝の肩をしっかりと抱き、こめかみに一度軽くキスをする。 「堂々としてろよ。今の勇輝は顔上げてる方がずっと女に見えるし、何よりコソコソしてる感じはお前らしくない」 「だって...もしバレて声でもかけられたら......」 「ん? その時は別に次のホテル探せばいいだけだろ?」 「でも...充彦に恥ずかしい思いさせる......」 はぁ!? 今さらこのエロ女神様は何を言ってるんだろうか。 散々人前で恥ずかしいはずの姿も晒して、今日なんてあれだけの数のファンの前で、相当恥ずかしい話もしたというのに。 「あのなぁ、俺が勇輝といる事で恥ずかしいなんて思うわけないだろ。どんな格好してようが、お前はお前なんだし」 どうにも足取りの重い勇輝をそのまま引きずるように中へと入り、パネルの前に立つ。 思っていたよりもかなり部屋数が多く、ずらりと多様な写真が並んでいた。 とはいえ、そのパネルのランプはほとんどが消えている。 全館統一の料金ではないためか、ありがたい事に残っているのはかなり広いと思われる上層階の高額な部屋が3室のみだった。 「どれがいい?」 「どれも似たようなもんなんじゃねえの?」 「いや、上の方はコンセプトルームらしいぞ。ファンタジー調とゴシックっぽいSMルームとリゾートホテルっぽいのが残ってるわ」 「......充彦は? やっぱSMとかが...いい?」 「いやいや、なんで『やっぱり』になるかなぁ。んじゃ、今日の勇輝に合わせて......」 俺は一番左端のパネルをタッチする。 足元に矢印のライトが点滅し、俺達を先へと誘導した。 「ほら、行くぞ」 「あ、うん...」 足が竦んだみたいにその場でぼんやりしている勇輝の腕を軽く引いた。 まったく...自分からわざわざ女装なんて事までしてきたくせに、いざって時になると変に尻込みするんだもんなぁ。 けれど、それがなんだか勇輝らしいとも思う。 クソ度胸があって、振り切ればなんだってできるくせに、いきなり自分に自信がなくなったり臆病になったり。 そんな勇輝だからこそやっぱり愛しく、そして守ってやりたいと思う。 誰よりも綺麗で強くてかっこよくてイヤらしくて...儚くて愛しい...... 矢印の誘導に従ってエレベーターに乗り込むと同時に、その体を強く抱き締めて唇を合わせた。 普段の勇輝からは決して感じるはずのない口紅の香りと独特のべたつき。 それは特に不快ではないけれど、あまり心地よいとも思えなかった。 けれど、不思議な高揚感だけはある。 いつもの癖でその唇を割って舌を捩じ入れた所で俺達を乗せた小箱は目的の最上階に到着し、無情にも扉が開いてしまった。 そこからはまたすぐに床の矢印が続いていて、早く前に進めと急かしている。 俺はちょっとだけ大袈裟に息を吐き、渋々その矢印の上に足を出した。 「...ったく、空気の読めないエレベーターだな」 「逆に読める方が怖いわ」 俺の半歩後ろで、クスリと勇輝の笑う気配がする。 振り返る事もなくそちらに手を伸ばせば、黙ってその手は強く握られた。 そのままいつもよりも少しだけ小さい歩幅で歩けば、後ろから同じ速度で勇輝もちゃんと着いてくる。 そこにはもう、戸惑いなんて物は無い。 部屋が近づいた事でいくらか気持ちが落ち着いたのか、それともようやく気分が振り切れて今の姿に相応しい歩き方をする気になったのか、いやそれとも...俺のほんの軽いキスでスイッチが入ったか。 背中を丸めようとする様子もない。 エロ神様、再び降臨か...... そんな真っ直ぐ前を向く姿に、思わず勇輝に隠した口許が弛んだ。 振り切った勇輝は、ある意味最強だと本気で思ってる。 今頃勇輝は歩きながら、服を変えウィッグを被り紅を引いていた時の背徳感にも近い興奮を思い出し、少しずつ体温を上げ始めているだろう。 足元の矢印が消え、一番奥にチカチカとランプの点滅しているドアが現れた。 半歩後ろだったはずの勇輝の体が、手を繋げたままでピタリと俺に触れてくる。 「それじゃあ...めくるめく倒錯の世界に迷い込んじゃいますか?」 ゴクリと喉を鳴らしたのは、俺だったか勇輝だったのか。 ドアを大きく開けば、そこには真っ白でやけに明るい世界が広がっていた。

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