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いくぜ! Cover Boys【2】

  今日は初めから着替えをしておくとの事で、先に控え室として宛がわれた会議室に通された。 それぞれ用意されたスーツに袖を通す。 この時にはもう、勇輝の口数はめっきり少なくなっていた。 目線を合わせる事もなくなり、俺の方を気にする素振りも見せない。 別に緊張してるとか、そんなわけじゃないだろう。 運命的に出会うその瞬間まで、俺達は見知らぬ同士だからだ。 必要以上に言葉を交わし合う関係ではない。 無表情に鏡を覗きながら髪を触る勇輝。 触れたくても、今は決してそれを許さない空気を纏っている。 勇輝が自分の中で作り上げている気持ちや感覚を邪魔してはいけない。 俺も無駄口を叩く事は諦め、鏡の中の自分の姿に集中する。 言葉を発しない事で、俺もいたって普通のサラリーマンの表情に変わっていった。 「さて...行こうか...」 「ああ...」 立ち上がり、最後にもう一度鏡でネクタイを確認する。 最後まで指先を触れ合わす事すらせず、俺達は並んでその部屋を後にした。 ********** 「みっちゃんさん、勇輝さん入ります!」 先導してくれていたアシスタントの女の子の大きな声と共に、俺達は一つの部屋に通された。 それは控え室にしていたよりも一回り大きな会議室。 正面中央にはスクリーンが下ろされ、パソコンに繋がれたプロジェクターがそこに何やら数種類のグラフを表示している。 「同じ社内にいるものの、これまでは部署が違った為二人は会ったことも無かった。しかし今回、部署越えの大きなプロジェクトに携わる事になり、それぞれの部署を代表して君達はこの会議室に呼ばれる。プロジェクト概要を説明するみっちゃんと、実行部隊としてそれを確認する勇輝くん。そして二人は初めて顔を合わせる...設定としてはこんな感じ。オッケー?」 俺達に同じ社員証を渡しながら、中村さんが声をかけてきた。 「目が合った瞬間から、お互いに電流が走ったかのような衝撃を受ける。その時のそれぞれの表情を同じように撮るから、俺が合図出す度に一旦気持ちリセットして1から顔作ってね」 エキストラであるスーツ姿の男性達が、予め指定されていたらしい椅子に次々と腰を下ろしていく。 勇輝は正面の椅子に座り、さして面白くもなさそうな顔で美しく脚を組んで肘を着いた。 俺はプロジェクターの横に立つと、レーザーポインターを手に取る。 説明に使われるセリフはパソコンの傍に置いてあるが、いちいち見ていたのでは表情に集中できない。 使い慣れていない用語の羅列を一語一句間違う事なく頭に叩き込みながら、俺はゆっくりとした呼吸を繰り返した。 完全にセリフを暗記する必要はないと言われたものの、この場で熱弁を奮う俺と勇輝が出会うのだ。 少しでも俺はプロジェクトの代表者として完璧な姿を作らなければいけない。 俺が完璧であればあるほど、俺に惹かれる勇輝の姿も完璧になるはずだから。 勇輝はまるで本当に会議に参加しているかのような顔で、手元に置かれた小道具の資料をパラパラと捲り始める。 あまり興味の無さそうな表情に変化は無い。 新規プロジェクトには否定的な営業部門のエース。 このクールビューティーの表情を溶かし、その気持ちを突き動かすほどの迫力と熱意と、そして...男らしい色気が俺には求められている。 「みっちゃん、いける?」 「......オッケーです」 俺は手元のカンペをアシスタントに向けて放り投げ、ポインターのスイッチを入れた。 ********** 一目見た瞬間、電流が走ったような衝撃を受ける...そんなものを表現するなんて、俺にとってはわけのない事だ。 初めて勇輝を見たあの瞬間を思い出せばいい。 「つまり、現状ではA社に対してこれ以上の追加融資はまったく意味を為しません。そこで今回我々戦略室としては、A社との提携を全面解消した上で、営業3課から提案のありました『B社とのJVによる新規店舗出店』についてを早期具体化すべく、こうして皆さんにお集まりいただきました」 ここで不安げな顔をしていては提案は通らない。 A社との友好関係を続けていく為に動いている部署に対して、この議案がいかに有用であり迅速に進めるべき内容であるのか納得させる。 その為にはまずは自分が胸を張り、確固たる自信を見せる必要があった。 苦い顔をしているメンバーに対しては狙い撃ちのように詳細を説明をし、それでも尚異議を唱えるならばプロジェクトからは外れてもらうしかない...。 俺は着席している面子をグルリと見回す。 ふと俺の正面に陣取り、資料からまったく目を上げない男が気になった。 こいつはどうなんだ? お前は賛成か、反対か? 顔を上げろと念じる気持ちが伝わったのか、男の顔がゆっくりと前を向く。 パチリと目が合った...その瞬間、俺の中の時間が止まった。 頭も体も、まるっきり動かない。 ただ息を飲み、その男の冷たい瞳を見つめる事しかできなかった。 ********** 「はい、オッケー。いやあ、何回も小難しいセリフ言わせてごめんね」 「俺、なんかすっごい賢くなった気分よ。言い慣れない事言ったからか、変に顎が痛い」 「でもさ、昨日力を見せつけてくれた勇輝くんはともかく、みっちゃんも結構な演技派じゃない。残念ながら今回使うことは無いと思うんだけど、周りを威嚇するみたいに睨んでる表情とかさ、すごいそれっぽかった」 「そう? 勇輝との出会いにできるだけリアルな衝撃を感じさせようと思ったら、他の部分も極力リアルにしないとね。相手役である俺が本物に近づけば近づくほど、勇輝はますます本物になる...」 「そっかぁ...AV男優ってさぁ...バカにできないんだね。あ、別に元々はバカにしてたって意味じゃないんだよ。俺が個人的にはあんまり見ないってだけで、すごい仕事だとは思ってたんだけどね。たださ、正直に言うとここまでストーリー仕立ての凄い写真撮れるなんて思ってなかった。ほんと、ドラマでも見てる気分になるもん、二人の表情なり表現なりってのを見てたら」 「まあ、勇輝はほんとに別格だよ...アイツは本物。本当の意味で『天才』だと思ってる。実際、AV男優だってのにね、今までに何回も大手事務所から移籍の誘いもあったくらいなんだよ。乗り移られたみたいなあの表現力や演技力も、人を惹き付けてやまない独特のオーラみたいなもんも、絶対誰にも真似できないから。ほんとに勇輝だけは特別。たださ、俺も含めAV男優って40近くなってても学生服着て不良役やったり、好きでもない女の子相手に恋人のフリしながら勃たないチンポ無理矢理勃たせたりするわけじゃない? 実はセックスの技量と同じくらい結構な演技力いるのよ。芝居の下手な男優とかついたらさ、芝居の下手な主演女優より内容壊しちゃうからね。女優を目立たせ、輝かせ、観てる人の代理になったりストーリーテラーになったり...男優の役割って案外大きいんだ」 「ふーん、そういうもんなのか...そこはやっぱり、AVって付いてようがなかろうが、男優は男優なんだね。いや、いわゆる俳優さんよりも任される役割は寧ろ大きいのかも。んで、そんなプロ男優さんの中で、やっぱり勇輝くんは別格?」 俺達からは少し離れた所に座り、さっきまでの鉄仮面ぶりはどこへやら、今度は不安げに目をキョドキョドと動かしている勇輝を指差す。 「だって、今アレだよ? あの表情の意味わかる? たぶん突然生まれた俺への正体のわからない感情に戸惑ってるんだ...スタンバイ中なのにあんな調子なんだもん、どう見ても別格でしょ。アイツね、生い立ちが違ってれば今頃『トップアイドル』とか『ナンバーワン俳優』とかになっててもおかしくないんじゃないかな。勇輝にとっては役者ってたぶん天職なんだよ...ほんとならもっと華やかな世界に出ていくべきだと思わない? まあ、アイツ本人が表に出るのを拒んでるんだけどね」 「それは生い立ちの問題なの?」 「うん、たぶん。ああ...でも、その生い立ちがあるからこそ、あそこまで役に入り込むって事ができるようになったのかな」 「そう...なんだ?」 「どうよ、興味出てきたでしょ。今度インタビューで聞いてみたらいいよ。これ以上は俺の口から言う事じゃないし、本人に直接質問してみて。もっとも俺もなんとなく知ってるってだけで...詳しくは聞いてないんだけどね。俺らってさ、今と未来が大切なんだから必要ないって、お互いの過去の話は今まであんまり細かく話し合ってないんだよね」 少しのコーヒーブレイクが終わる。 俺が立ち上がると、中村さんが大きな声で言った。 「最終カット行きます! 会議室を出て行こうとする勇輝くんの腕を思わず掴むみっちゃん。この時の気持ちは二人に任せるよ。一発勝負のつもりでいこう。これ終わったらシャワーシーンと表紙で終わりだから、あと少し頑張って」 「おっしゃ、行きましょう!」 会議室の中の動きが慌ただしくなる中、見つめ合う俺と勇輝の周りだけはまるで空間から切り離されたように静かに思えた。
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