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いくぜ! Cover Boys【3】

  中綴じのメイングラビアの撮影は、シャワーシーンを残してすべて撮り終えた。 あとはそのシャワーシーンと表紙の撮影という事で、続いては中村さんが契約しているというスタジオへと向かう。 出版社からはそれほど遠くはないが、表通りからは少し離れた案外静かな場所に立っている雑居ビル。 このビルの全てが貸しスタジオで、普段からスポットでPV撮影やアイドルの撮影会などが行われてるらしい。 俺達が案内されたのは、このビルの中でも一番広いという中村さんが常時レンタル契約しているスタジオだった。 何か本人なりに撮りたいイメージがあるんだろうか。 コンクリート打ちっぱなしの壁の前には、ただ黒いスクリーンが下ろしてあるだけだ。 準備が終わるまではしばらく休憩していて構わないと言われ、スタッフやアシスタントさん達がバタバタと動き回る中、俺と勇輝は片隅に置かれたディレクターズチェアへと腰掛けた。 思わず大きなため息が漏れる。 元来俺の撮影スタイルは雰囲気勝負。 ビデオであれば、本番が始まる前から相手と喋りながら空気を作り、適度にその気にさせておいてそのまま撮影になだれ込む。 グラビアなら、ただ相手の要求のままにポーズや表情を作るだけ。 だから正直、慣れていない『キャラクターになりきる』という作業を伴った撮影に、今の俺の精神的疲労はハンパじゃない。 ヘロヘロだ。 それに比べて勇輝ときたら...ケロッとした顔で幸せそうに、担当さんが買ってきてくれたサンドイッチをモリモリ頬張っていた。 年齢よりもずいぶんと幼く見える純粋そのものの笑顔。 ほんと...飯食ってる時が一番イイ顔してるわ。 見てるだけでこっちも幸せになる。 ただし、問題はこの後だ。 先に行われるのは雑誌の表紙撮影。 俺にとっては超得意分野だが、勇輝にとっては一番苦手なジャンルだったりする。 様子を見ながらタイミングよく助け船を出してやらないと、求められている物を上手く表現できない自分に勇輝は軽くパニックを起こすかもしれない。 俺の撮影だけならスムーズに進む自信はあるが、勇輝の撮影が終わるまでは俺が落ち着く事は無いだろう。 「よし、準備できたから表紙の撮影入ろうか。二人ともネクタイ外して、シャツの前を胸元まで開けてこっち立ってくれる?」 言われるまま、それまで締めていたネクタイを抜き取り、シャツとジャケットのボタンを外しながら、照明用のパラソルの間をすり抜ける。 「みっちゃんが向かって右! そう、そっち。もう少し二人とも内側に寄って」 背景は結局、このスタジオの打ちっ放しの壁をそのまま利用するらしい。 いつの間にか黒いスクリーンは取り除かれていた。 ザラリとした灰色の壁に、二人並んで寄り掛かる。 「いいねぇ...すごくかっこいいよ。もう少し前開けようか。んで、セクシーな顔でレンズ見て」 俺は腹と胸を見せつけるようにシャツを開きカメラを見つめる...が、案の定隣からは動く気配を感じない。 シャツは大きく開いてるものの、勇輝の顔は戸惑いで強張っていた。 「えっと...勇輝くん...?」 「あ、すいません。勇輝、曖昧な表現とかだとどう演技したらいいかわかんなくて固まっちゃうんです。隣で俺が指示出してもいいかな?」 「ああ...いや、それは...全然問題無いんだけど...」 「わかったか、勇輝? 中村さんの指示に合わせて俺が簡単に役付けるから、お前は俺の声の通りに...動けるな?」 俺の言葉に、勇輝は安心したような笑顔を浮かべる。 「中村さん、セクシーでいい?」 「うん...」 不思議そうな顔をしながらもカメラを構えるのを確認して、俺は改めて顔を作った。 「勇輝、あのカメラのレンズの向こうにいる小生意気な女、全力で落としにかかって。お前のエロい体もエロい顔も、全部を見せつけるみたいに」 連続で切られるシャッター音の中、ゆっくりと勇輝の表情が変わっていく。 それはまさに、相手の欲を駆り立てる顔。 不敵にも片側の口角を上げる。 「いいよ。じゃあ今度は優しく微笑んで」 「朝気持ちよく目が覚めて、隣でまだ眠ってる俺を見てるつもりで」 二重の指示が飛ぶ、なんだかちょっとおかしな現場。 はだけたスーツのままで、俺達は何パターンも表情とポーズを変える。 ようやくシャッター音が止まると、いきなり一人の男性が中村さんと担当さんを呼んで何やら打ち合わせを始めた。 中村さんからの指示が止まった事で、俺と勇輝はその場に立ち竦む。 そのうち、その打ち合わせに社長も呼ばれた。 とりあえず俺達は状況がよくわからないまま、一旦休憩を取るように言われた。 「どうしたんだろう...あんまり俺が下手くそでポーズ作れないから、表紙から外されるとかなったのかな...」 何を言われたわけでもないのに、勇輝は一人シュンと落ち込む。 今回の物は多少例外としても、とにかく勇輝はグラビアが苦手だ。 役にさえ入ってしまえばどんな顔でもできるのだが、『笑って』『怒って』なんていうごく単純な指示にどうにも対処ができない。 『どんな風な状況だから、こういう感じで笑って』 『こんな事をされて腹が立って仕方ないから、殴りたいと思うくらいにムカついて』 そんな感じで、役やキャラクターとしての指示を出してやらないと、相手が自分に求めている表情がわからないのだ。 AVの現場ならみんなある程度理解してるし、何よりスチールなんて物は大概絡みの最中についでのように撮ってしまうから全く問題は無い。 しかし、最近増えてきたグラビア撮影ではこんな事態が往々にして起こり、本来の輝きを見せる事ができないままの不本意な勇輝の写真が誌面を飾る事になる。 人気で言うなら今やはるかに勇輝の方が上なのに、グラビア仕事は俺の方が圧倒的に多いのはそれが原因だ。 そんな写真では勇輝の凄さが一向に伝わらないのはあたりまえだろう。 いつだって少し困ったような、色気の欠片も無い表情ばかりなんだから。 ただ、今日は違う。 隣で俺が細かい役付けをしてたし、中村さんだって満足そうな顔をしてた。 昨日、今日と勇輝の凄さを目の当たりにした中村さんが納得してるんだ...出来が悪いはずなんてない。 今の俺達には何の否もない...よな? 打ち合わせの輪を眺めながら相変わらず不安げな顔をしている勇輝の頭をポンポン叩き、俺は妙に長く感じる時間が過ぎるのをただひたすら待った。

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