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いくぜ! Cover Boys【4】

  俺達と社長達とがそれぞれ別の輪になってからどれくらいの時間が経ったのだろう。 早く終わってくれなければ、緊張でビクビクしている勇輝の神経が参ってしまいそうだ...まだ話はつかないのかとそちらをチラリと窺った。 最初に中村さんに声を掛けた男性はにこやかに右手を差し出し、うちの社長は卑屈なほど体を折り曲げながらその手を取っている。 やはり、決して悪い話ではなかったらしい。 見るからに和やかな空気が包み、担当さんも微笑みながらその男性に軽く頭を下げている。 もっとも、本気でビビってそちらに背を向けたまま麦茶をゴクゴク飲みまくっている勇輝には、それに気付く余裕も無いだろうけど。 ずっと見ていた俺と目が合った社長が、チョイチョイと手招きしてきた。 勇輝の肩をポンと叩き顎をしゃくると、自分達も呼ばれたとわかって顔が更に強張っていく。 「おいおい、心配すんなよ。ほら、みんな笑ってるから大丈夫だって」 クシャと頭を撫でてその肩を抱くと、渋々ながらようやく勇輝の足が動いた。 二人並んでその輪の前に立ち、とりあえず頭を下げる。 「みっちゃん、勇輝くん。こちらが今回の衣装を提供してくれてる『アドバンテージ』って会社の社長で、岸本さんです」 中村さんからの紹介を受けて俺は驚き、慌ててジャケットを脱いでタグを見た。 なるほど、そこには確かに『Merus by AdvantagE』と書いてある。 『Merus』は知ってる。 洗練されたデザインと、上質な素材でありながら俺達のような年齢層でも手が届く価格の洋服を主力商品にしている人気のブランドだ。 かく言う俺も、ここのスーツやジャケットは何着か持ってたりする。 Merusの何がいいって、サイズ展開が豊富だから俺でも直し不要で着られる服が結構あるのだ。 そして、『アドバンテージ』という名前だって知っている。 海外のハイブランドを中心にメンズ専門のセレクトショップを全国展開して急成長している会社だ。 ただ、『Merus』がアドバンテージのオリジナルブランドだなんて知らなかった。 まだ中年と呼ぶのには憚られる、そのままモデルでもできそうなくらいにカッコ良くて、やけに色気のあるその男性をまじまじと見つめる。 「はじめまして。みっちゃん...て呼んでもいいのかな?」 「あ、はじめまして...えっと...みっちゃんでもいいですし、本名の方が良ければ坂口と...」 「いやいや、どうぞそんなに固くならないでください。僕、以前からお二人のファンだったんですよ。うちのシーズンカタログのカメラマンやってもらってる中村くんが二人の写真を撮ってるって話を聞いたもので、今日は恥ずかしながら見学に来てしまいました」 「さっきの会議室での撮影の時からずっとご覧になってたそうだ」 珍しい社長の敬語に吹き出しそうになりながら、それでも俺は小さく頭を下げた。 勇輝も俺に倣い、急いでお辞儀をする。 「今回は、俺を来季ラインナップのモデルに起用してくださったそうでありがとうございます。でも、本当に俺みたいな者でいいのでしょうか?」 「俺みたいな? それはご自分の職業を気にされてるんですか? さっきも言ったでしょう。僕は以前からお二人のファンでした。そのあなたが今回うちのスーツを着てくださるというだけでも嬉しかったのに、昨日中村くんから送られてきた写真を見て衝撃を受けたんです。こんなに見事にうちの服を着てくれる人がいたのかと。なぜ僕は今まで気がつかなかったのか、なぜあなたにモデルを頼まなかったのか...自分の見る目の無さが情けないくらいです。今回中村くんが『次のモデルに使いたい』と言ってくれた事に心から感謝してるんですよ」 あまりの褒められように、どうもいたたまれなくなる。 ちょっと困って頭を掻いていると、岸本さんの顔がゆっくりと勇輝の方へと向いた。 「それで今日は、ファンとしての見学と同時に、新しいラインのモデル候補をこの目で確認する為に来ました」 「............俺ぇ!?」 自分を見つめる岸本さんの視線の意味に気づいたのか、勇輝が素っ頓狂な声をあげる。 あまりに間の抜けたその声に、社長が眉をひそめた。 「バカ。ここ来る前にチラッと話したろうが」 「そう...だっけ?」 社長、そりゃあ無理な話だ。 役に入りかけていたあの時の勇輝が、そんな話をちゃんと聞けてるわけがない。 尚も責めようとする社長の言葉を制し、岸本さんは担当さんの顔をチラチラ窺いながら勇輝に笑いかけた。 「勇輝くんは元々の顔立ちが幼い。勿論スーツ姿は独特の色気があって非常に似合ってたんですが、美しさにおいては坂口くんの比ではないと思ってます」 「あ、はい。俺も勿論そう思ってます」 「それでね、うちが展開してる中で唯一苦戦してる『ブルローネ』ってブランドがあるんです。ストリートブランドなんですが、勇輝くんにこの服を一度着てもらえないかと思いまして」 「今回は、当初からメンズモデルを使ってセクシーめなストリートファッションのグラビアページを入れる予定にはなってたの。今回の企画のメインブランドが丁度ブルローネで、岸本さんが『できればそのページのモデルにも二人を使えないか』って」 「今度新しいラインナップとして、ヒップハングで穿くデニム用にウエスト部分のデザインに特に拘った下着も発売するんです。今回のグラビアでもこの下着をメインで推していきたくて。で、ちょっと仕事が増えて申し訳ないんですが、少しこの『ブルローネ』ブランドの服に着替えて撮影を続けてもらえませんか? 僕のイメージの通りだと思ったら、そのまま勇輝くんともモデル契約したいんですが」 「...俺です...か? 俺、AV男優ですよ?」 「さっきもちょっと言ったけど、うちの服を綺麗に着て、カッコ良く見せてさえくれるなら、本業がAV男優だろうがストリッパーだろうがまったく関係ないでしょ。第一、もうAV男優である坂口くんがモデルに決定してますよ?」 勇輝の顔には、喜びよりも戸惑いが色濃く浮かんでいる。 そりゃあそうか。 これまでどれほどの誘いがあろうと、華やかな世界は似合わないと避けてきたんだから。 過去に触れられたくない、触れられるわけにはいかないと色々な物を隠して生きてきたんだから。 だけど、どれほど本人が逃げようと隠れようと、勇輝が勇輝である限りその輝きは隠しきれない。 遅かれ早かれ、いつかは表舞台に引っ張り出される運命だったんだろうと思う。 「岸本さん。俺と勇輝は恋人です」 言葉が上手く出てこない勇輝に代わり、俺が岸本さんを正面から見据える。 「知ってます。『お二人の』ファンだと言ったでしょう?」 「ゲイカップルをブランドキャラクターに据える事は、企業イメージとしてマイナスにはなりませんか?」 「うーん...そんな事くらいでうちの服にマイナスイメージが付くとは思いませんが、もしそんな目で見られるというならば、偏見を払拭するだけの素晴らしい写真を発表してくれたら良いだけの事ですね。お二人ならできるでしょ?」 「勇輝は、これからも男優の仕事を続けながらになると思います。それでもいいんですか?」 「他社ブランドのモデルをされるのは困りますが、その他の仕事まで制限するつもりなんて毛頭ありません。そして、不本意な宣伝活動の為の仕事を押し付ける気もさらさらありません。言ってるじゃないですか、私はファンなんですから...今のままのお二人にうちの服を着てもらいたいんですよ」 俺は社長と勇輝を交互に見る。 それなりに大きな仕事になるのは間違いないんだろう。 社長の目は、早く勇輝に答えを出させろと訴えている。 「勇輝、どうする? 嫌なら嫌って言えばいいし、やってみたいと思えたならチャレンジするのも有りだと思うよ」 「えっと...あの...俺、写真写りがすごく悪くて...ていうか、充彦みたいに服を綺麗に着こなしたりもできないし、ほんと上手く笑う事すらできないし...そんなに期待してもらってもちゃんとできる自信が...」 「さっきから撮影見てましたから知ってます、写真が苦手だって。でももう中村くんもずいぶんと勇輝くんの事はわかってるでしょうから、今後の撮影は今日ほど苦労はしなくなると思いますよ。それでもどうしても不安なら...坂口くんにも現場に来てもらえばいいだけの事でしょう? 大丈夫です、勇輝くんなら」 笑顔と共に勇輝に向かって差し出される右手。 『人』が大好きな勇輝がこれほどまでに求められて、その人の言葉を拒絶する事などできるわけはない。 「えっと...よ、よろしく...お願いします。自分にできることは...精一杯頑張ります」 その手を取り頭を下げた勇輝を確認すると、中村さんが大声でスタッフに指示を出し始めた。 「シャワーシーンは後! とりあえず岸本さんの車からブルローネの服適当に持ってきて。下着だけの撮影もするから、新作のパンツ忘れないように」 中村さんの大きな声に、最後の撮影に向けてもう一頑張り...とスタジオの中は一気に活気づいた。

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