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いくぜ! Cover Boys【5】
持ち込まれた数々の衣装と下着。
その中から、まずは俺の衣装があっさり決まった。
理由はいたって簡単。
『サイズ』の問題だ。
全体的にルーズなシルエットの物が多いからマシとは言え、それでも長袖のトレーナーなどでは明らかに袖の短いのがわかってしまう。
パンツもロールアップしてこそお洒落に見えるような物では確実に丈が足りない。
上は藤色の七分丈パーカー、下は黒いデニムのサルエルを着る事になった。
勇輝の着る物は、このブランドのデザイナーでもあるという岸本さんが直接選びたいと言う。
「幼い顔立ちにギリシャ彫刻を思わせるほど綺麗な筋肉...本当にうちの服を合わせるには理想的なモデルなんだよなぁ...」
勇輝を見つめる顔は、『デザイナー』というにはあまりにも嬉しそうで、どこか妙な違和感を覚える。
俺のそんな思いなどお構い無く、普段からあまり洋服に拘りを持たない勇輝はと言えば、服の上から次々とパーカーだのシャツだのを宛がわれるのを、ただボケーッと見ていた。
「うん、顔と雰囲気が華やかだし、やっぱりモノトーンベースが映えるかな。で、下着だけは色合いが派手なタイプのを穿いてもらいましょう」
厚手の黒いパーカーと、細かくも大胆にダメージやペイントの施された太めのデニムを勇輝に手渡す。
そこに、セレクトショップの方に置いてる物らしい厳ついシルバーのアクセサリーと、ウエストゴムに蛍光色の幾何学的模様が描かれた下着も添えられた。
「これ...なかなか勇気がいるレベルで派手ですね...」
「まあ、見せパンだから。派手でインパクトがあってナンボでしょ?」
広げてみて、勇輝は少し驚いたような顔をした。
「あの...これって、俺にはローライズボクサーに見えます」
「うん、そうですよ」
「これを見せパンにしようと思うと、このデニム自体をかなりずり下げて穿かないと...」
「はい。性器のギリギリ上くらいの場所で、ベルトでギチギチに止めてもらうのが一番綺麗にシルエットが出るつもりなので」
「なんか、ずれそうで怖いなぁ」
「一応大丈夫なようにはデザインしてるんですけど、あんまり不安ならそこに引っ掛かるように、坂口くんに勃たせてもらってもいいですよ」
ガラにも無いいきなりの下ネタジョークに、勇輝も俺も一瞬固まる。
岸本さんはそんな俺達の様子に、さも可笑しそうに目を細めながら手を叩いた。
「じゃあ、着替えてきてもらえますか?」
スタッフに促され、俺達はスタジオの隅にカーテンで仕切ってある簡易更衣室へと向かった。
**********
「こんな感じでどうでしょう?」
着替えた俺達を見て、岸本さんも中村さんも表情を固くした。
「こりゃあ...」
「...あの、やっぱり似合わないですよね? 俺、あんまりこういうストリート系の格好とかしないから...」
「いやいやいや、想像以上だよ。本当に驚いた」
岸本さんが慈しむかのように勇輝の肩を撫で、ポンポンと頭を叩く。
まただ...岸本さんの勇輝への接し方は、何だかモデルとデザイナーという感じがしない。
「しかし、昨日の絡みの撮影でも見てはいたんだけど、改めて感じた。ほんと勇輝くんの体って...エグいね」
「エグいってなんですか、エグいって!」
「いや、腹筋がバッキバキに割れてるだけじゃなくて、胸もパンパンだし...」
中村さんが、素肌に羽織っただけの勇輝のパーカーをスルリとずらす。
「ほら! この肩も腕もムキムキじゃん! なに、AVの人って、やっぱこれくらいマッチョじゃないとダメなのかな?」
「男優なのにガリガリですいませんね」
隣に立ち、俺もふざけて上着を脱いでやった。
世間一般で見れば、少し細身ではあるけど、決して貧相な体ではないはずだ。
腹もちゃ~んと割れてるし、それなりに腕にも肩にも筋肉はついている。
しかし勇輝の隣に並ぶと...さすがにちょっと凹まざるを得ない。
ムキムキマッチョっていうんじゃなく、ストイックに絞り込んだアスリートのような体と言えばいいだろうか。
そうだ。
言ってみたら、短距離走とか水泳選手みたいな体型。
一方の俺は、まあ強いて言うなら走り高跳びやバレーボールに向いてそうな体って所か。
「何かスポーツはやってたの?」
「いや、特に何にも。俺、元々筋肉付きやすい体質みたいで、この仕事始めてから週に1、2回スポーツクラブに通うようになったらすぐにこんな体になったんです」
「そうだよねぇ...昔はもう少し華奢だったし」
驚いて岸本さんを見る。
岸本さんは無意識で呟いていたらしく、俺以外の誰にもそれは聞こえていなかったようだ。
岸本さんて...勇輝の何?
あなたは...コイツの何を知ってるの?
「じゃあ、撮影しちゃおうか。まずはさっきと同じ格好で壁際に立ってくれる?」
直接聞いてみたいと思ったけれど、中村さんの準備が整ったらしい。
俺は一度真っ直ぐに岸本さんを見ると、勇輝の背中を押しながら照明の前へと向かった。
**********
二人で何パターンかポーズを取り、撮影は順調に進んでいく。
さっきまでの撮影で勇輝への注文のコツを掴んだのか、中村さんの指示は細かく的確だった。
「いいよ~。今度はいきなり街中で若い子に因縁つけられて、それを威嚇するみたいな顔でカメラ見てみようか」
「そう、それ! 勇輝くんの威嚇に、相手は完全に尻込みしてる。ほら、それを蔑むみたいな顔で笑いながらバカにして!」
俺もその言葉に合わせて表情を作る。
もっとも、俺が威嚇しているのはレンズの中ではなく、カメラのさらにその先から俺達を見つめる、やけに色っぽい優男だったけれど。
その俺の目線の先の男が、シャッターを切り続けている中村さんに近付くと何やら耳打ちした。
その言葉に中村さんが頷く。
「みっちゃん、勇輝くんの後ろに回って! そのまま抱き締めながら、勇輝くんの体を強調するみたいにパーカー少し下ろして」
いきなりの指示に瞬間戸惑うが、その言葉の通りに勇輝のパーカーを乱しながら後ろから強く抱き締める。
「いいよ、いい。すごくいい。今度は威嚇じゃないよ...目の前で立ち竦んでるガキ達を挑発して...そう、見せつけるみたいに...」
勇輝の腕が上がり、背後の俺の首に回される。
少し背筋が伸びた事で、勇輝の細い腹回りや腰が強調されているようだ。
なるほど...今度は新製品である下着をメインにしたいのか...
撮影の意図は理解できているはずなのに、どうにも俺は勇輝を嬉しそうに見つめ続ける岸本さんの視線が気になって仕方がない。
おかしいな。
まるで...嫉妬でもしているみたいだ...
指示もされたわけでもないのに、それこそ見せつけるように勇輝の首筋に顔を埋めながら岸本さんを睨み付けてしまう俺は、たぶん...いや、間違いなく嫉妬していたんだろう。
俺の知らない頃の勇輝を知っているらしい、岸本さんという存在に。
心の中に生まれた小さなモヤモヤをぶつけるように、レンズから視線を外さないまま勇輝の耳朶にギリと前歯を食い込ませた。
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