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いくぜ! CoverBoys【6】

  このスタジオの入っているビルは、なんとそれぞれのフロアに風呂が付いている。 オーナーさんの好意なのかそれとも単なる道楽か、あまり金の無い若いアーティストでも様々なシチュエーションの撮影ができるようにと、各階すべての風呂のデザインがまったく違うのだそうだ。 という事で、『自室マンションの広いユニットバスでシャワーを浴びる』俺は、たまたま今いる1Fに備えてある風呂で撮れるからと先に撮影を終えた。 一方勇輝は『高級ホテルのゴージャスな風呂場でシャワーを浴びる』という設定の為、今は全員で3Fに移動している。 なんでも、ガラス張りの上に金色のネコ足のバスタブなんて物があるらしい。 こうなると、5階建てのこの建物のすべての風呂を見たくなってくるのは人情というものだろう。 みんなは移動したものの、俺は濡れた髪を乾かす為にまだ一人1階に残っていた。 穿き慣れた自分のデニムに脚を通し、上は着ないままで適当に髪に熱風を当てる。 「どう? まだ終わりませんか?」 突然聞こえた声に、慌てて振り返った。 そこには、みんなと一緒に上に行ったはずの岸本さんが一人で立っている。 「あっ...えっと...どうしたんですか?」 「ん? 思ってたより遅いから迎えに来たんだよ」 ニコニコと笑いながら近寄ってきて、至極当たり前のように隣に座る。 「す、すいません。ちょっとボケーッとしてて...すぐに...」 「...ってのは嘘です。坂口くん、何か個人的に話があるんじゃないかと思ったんで、僕だけ戻ってきました」 ドキンと胸が跳ねる。 けれど俺は精一杯嘘の笑顔を作り首を横に振った。 「何を言ってるんですか。別にスポンサーでクライアントの岸本さんに、わざわざ俺から個人的な話なんてあるわけ...」 「さっき...ずっと僕を威嚇して挑発してたでしょ? ほら、勇輝くんを後ろから抱き締めてる時。まあ、惚れ惚れするくらいすごくイイ顔でしたけどね。それで...何が訊きたいのかな? 勇輝くんの事?」 チッ...なんだ、全部バレてんのか。 それなら...と無理に笑顔を作る必要も無くなった俺はシャツを羽織り、深く椅子に座り直した。 「あなたは勇輝の何を知ってるの? 一体何を企んでるの?」 「企むねぇ...なんでそう思うの?」 俺の態度の変容に表情を崩す事もなく、穏やかな笑顔のままでゆっくりと脚を組む。 やたら余裕のある感じが『自分は大人、お前は子供』って言われてるみたいで、なんだか少しイラッとした。 「あなたの勇輝に対しての目付きは、どう見てもビジネスじゃないんですよね~。完全に特別な感情を抱いてる目だ」 「そう? でも仕方ないんじゃないかなぁ。僕は二人のファンだって言ったでしょ?」 「それにね...あなたはさっき、『昔はもっと華奢だった』って言った。俺はあいつをデビューの時から知ってるけど、今よりも細く見えたのはデビュー作一本だけだ。次のビデオではもう今のあの体型になってて、それからはずっとあの体をキープしてる。あいつの華奢な時代を知ってるとしたらそれは...この世界に入る前を知ってるって事でしょ。違いますか?」 「ユグドラシルのユーキ...」 ポツリと溢れた言葉に俺は固まった。 『ユグドラシル』...それはかつて新宿にあった、知る人ぞ知るアイリッシュバー。 各種スコッチが豊富なのは勿論の事、本格的なカクテルも飲める上に、フレアバーテンダーによるショーもあったりと、かなりの人気店だったらしい。 そしてそれと同時に、勇輝が酒ではなく自分を売る『ボーイ』として在籍していた店でもある。 「...昔の客かよ...タチ悪ぃな...。んで、今更何の用? 大きな仕事を入れてやる代わりに勇輝を抱かせろなんて話なら、端から聞く必要も無いけど」 「僕は客じゃないよ、残念ながらね。勿論、ユグドラシルの常連客ではあったけど。正確に言うとね、僕はユーキの客になり損ねた。ユーキは...いや、勇輝くんという存在はその頃の僕の憧れで、仕事をする上での目標だったんだよ」 「目標...?」 「そう。いつかユーキに選んでもらえるだけの財力と魅力を兼ね備えた人間になろうってね、当時はその気持ちだけで仕事を頑張ってきたって言っても過言じゃない。ああ、そうだ...これまでの本当のユーキの常連客の人達に失礼だからちゃんと言っておくけど、自分の立場を利用してユーキの体を求めるなんて下衆な人間は、誰一人としていないから」 そう俺に向かってキッパリと言い切った岸本さんの口調には明らかに怒りが含まれていた。 なんだかバツが悪くて目を逸らす。 「ユーキと一夜を共にできるっていうのはね、当時はある種のステータスだったんだ。そう言い切れるくらい『ユーキ』というのは特別な存在だった。稼いでた金額も、当然半端じゃなかっただろうね。だからって、金さえあれば誰でもいいってもんでも無かったんだよ。ユーキと二人だけの時間を過ごしたいと願う人はユーキに選ばれなければいけない...あの頃彼に惚れてた人間はね、仕事も遊びもみんな必死だった。いかに人間としての魅力を上げられるかってね」 これまで敢えて尋ねてこなかった勇輝の過去。 それをほんの昨日の事のように、岸本さんは目をキラキラさせて語る。 どうやら少しの間昔話に付き合う必要がありそうだ。 俺は紙コップを二つ取り出し、そこにすっからは風味の飛んでしまったサーバーのコーヒーを注いだ。
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