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大阪LOVERS【5】
一応俺は『ファンタジールーム』なる物を選んだはずなのだけど...ドアを開けた俺の目の前に広がったこの世界は...はたしてファンタジー...なのか?
全体が白と、やけにポップなパステルカラーで覆われている部屋の中央には、こんな物よく見つけてきたなと褒めてやりたくなるようなピンクのレースが無駄にたっぷりと使われた天蓋付きのベッドがどんと鎮座している。
「これはファンタジーっていうか...ファンシーかメルヘンっつうんじゃないの...?」
部屋の隅に置かれたスチロール製の、用途不明のキノコのオブジェにとりあえず手を乗せて改めて室内を見回した。
部屋だけは無駄なくらいに広いから、真ん中にこれほど大きなベッドがあった所でさほどの圧迫感は無い。
そのベッドの傍らには、真っ白で金の装飾の施された、ある意味『いかにも』なソファと小さなローテーブルがある。
ベッドの対面には、ちょっと珍しい白の大画面テレビ。
部屋に合わせようとしたのか、北欧の人気ブランドのモチーフのような大振りな花柄がシールで貼り付けてある。
ここまで意味のわからない努力をするくらいなら、いっそのことキャビネットの中にでも隠してしまえば良かったのに......
つまりは、キャビネットには別の物があって中に入れるわけにいかなかったいう事か?
だいたい予想はつくけれど、テレビの下にある小さなツマミを引っ張ってみた。
なるほどなるほど、観音開きになっているかなり大きなキャビネットの3分の1には冷蔵庫が埋め込まれている。
開いてみるとそれは、ドリンクを引き出した瞬間に料金がカウントされるタイプの物ではなく、ごくノーマルな冷蔵庫。
外から飲み物なんかを持ち込みしてきても構わないらしい。
その冷蔵庫の上のスペースには、何やらDVDデッキか通信カラオケの本体のようにも見える機械が乗っていた。
よく見てみれば、その本体から伸びているコードの先にはコントローラーのような物が付いている。
何だろうかとそれを手に取ってみれば、4色のボタンに十字ボタン、さらに側面には左右に一つずつボタン......って、これスーファミのコントローラー!?
まさかと思いつつ本体の電源を入れて見れば、このデッキの中に複数のソフトが内蔵されているという、日本国内では発売されてはいなかったであろう謎のハードが起動音を響かせ、テレビの画面にはズラリとゲームのタイトルが並んだ。
これがもう...スーパーマリオ3だのテトリスだの魔界村だの桃電だの、スーファミどころかファミコンのタイトルまで網羅されていて、思わず愕然とする。
そういえば、エントランスの部屋のパネルには『最新ゲーム完備』なんて書いてあったような無かったような。
「ファンタジーじゃなくて、ここだけはノスタルジーだな、うん......」
思わず『ヨッシーアイランド』なんてスタートさせてしまいそうになり、慌ててコントローラーを元に戻した。
「ヤバいヤバい、普通に楽しんじゃいそうだったわ...」
もうそろそろ勇輝が風呂から上がってくるかもしれない。
それまでに用意をしておかなければいけない物がある。
観音開きの扉の、開いていない方のキャビネットのツマミを改めて引っ張った。
予想通り、そちら側は自動販売機。
勿論そこに『缶コーヒー』なんて物があるわけはない。
強いて飲み物をあげるならば、下の方にちょんと置いてある『マムシ』だの『オットセイ』だのって名前が付いた、茶色い怪しげな小瓶くらいのものだ。
端に設置された紙幣の投入口に現金を入れると、蜂の巣みたいになった小さなアクリルの箱の蓋が開けられるようになっており、俺はそこの中に並んでいるグッズを一つずつ確認する。
そこにあるのはいわゆる『大人のオモチャ』。
そう、これはアダルトグッズの自販機だ。
中身はもう、ファンタジーでもファンシーでも、ましてやメルヘンでも無いのだけど、それでも意地でも拘りを見せたかったのか、茶色い小瓶以外は一応パールホワイトやショッキングピンクのグッズで統一はされている。
可愛い色で使いやすいし、これでみんなの興奮も高めちゃうぞ...みたいな初心者向けのオモチャばかりを選んでいるのかと思いきや、あっちこっち拡張するためのエアポンプ付きのディルドだの、Gスポ直撃の為のバイブだの、これがなかなかのラインナップだ。
一体この部屋は何を目指しているんだろうかと変に面白くなってくる。
勇輝はあまり喜ばないかもしれないのに、なんとなく金を入れて2ヵ所の蓋を開いた。
「あ、俺のバカ...こんなのが目的じゃないっつうの......」
これだけブツが揃っていれば目的の物もあるはず...キャビネットの裏側にご丁寧に貼り付けてある各商品の説明書きを確認し、ようやく見つけたそれも併せて購入した。
手の中の物をカバンに隠し、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出してキャビネットを閉じたタイミングで、パタパタと足音が聞こえる。
知らない顔でソファに腰を下ろし脚を組んだ所で、入り口の扉が開いた。
「お待たせ...って、なんだ、この部屋!」
入ってきた途端、やはり勇輝も驚いてポカ~ンと口を開けっ放しにした。
「これ、ファンタジーって言うの...?」
「それ、俺も一番に思った。でもさ、なんかとっ散らかってて面白くね?」
「まあ、面白いか面白くないかで言うと面白いよね。ただ、正しいか間違いかで言うと、絶対間違いだけど」
「面白いからいいって。つうかさ、俺からしたら、お前の格好のが断然間違ってると思うんだけどな」
吹き出しはしなかったけど、そこまでいっても構わないレベルの勇輝の姿。
髪の毛はタオルで包み、まだ少しだけ水分の残っているはずの体をバスタオルで覆っていた...胸から下を。
「なぜにオッパイ隠してんの?」
「オッパイ言うな。乳首だ、乳首」
「だからぁ、普段はパンツだけでフラフラ歩いてる人が、なんで今日は女の子みたいに乳首から隠してんの?」
「いや、あの...一応これからだな、もっかい女の子みたいな姿になるわけじゃん? その俺が、堂々と裸でいるのって...変つうか...恥ずかしいっつうか......」
俺からすると出勤前のオネエみたいで、むしろこっちの方が恥ずかしいんじゃないのかと思わなくはないんだけど、気持ちがちょっと女の子寄りになってる今の勇輝にしてみると、乳首を出すか隠すかは案外大きな問題らしい。
これ以上突っ込んだりからかったりすれば拗ねていじけて頑なになりかねないので、そこはもうスルーしておく事にした。
ソファから立ち上がり、水のボトルを勇輝に手渡す。
「んじゃ俺、風呂行ってくるわ。さっきみたいに、可愛くて綺麗な勇輝ちゃんに変身よろしくね」
靴を脱いでようやく目線がいつもの高さに戻った勇輝を軽く抱き締めると、俺はそのまま入れ替わりでバスルームへと向かった。
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