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精神安定剤
アヤの嫌いなもの。納豆。たまねぎ。ブサイク。
すっぴん。落花生。コーヒー。分厚いコンドーム。スニーカー。発色の悪いカラコン。ブサイク。電車。ピーマン。すぐ髪の巻きが取れる雨の日。
にんにく。ブサイク。長ったらしい前戯。すぐ割れるネイルチップ。ツナマヨおにぎり。底見えした化粧品。ブサイク。ブサイク。
あと、独りぼっちの、夜。
「綾斗――、」
「……ッ!?」
突然の声に起こされた。
一気に覚めた頭は反射的に動き、腰辺りにはだけていたふわふわの毛布を引っ張って頭まで被る。
体を丸めてギュッと目を閉じたところでふと我に返り、ひょっこりと頭を出してため息を吐いた。
「あー……またおくすり飲み忘れちゃった……」
ポツリと呟いた声が真っ暗な部屋に消えていく。
携帯に手を伸ばして時間を確認すれば、ちょうど日付が変わったところ。画面には、二十時から食事の約束をしていたセフレからの数件の着信履歴が表示されていた。最後の着信は二時間前。恐らくもうとっくに帰っている頃だろう。
「んにゃ。寝ばっくれしちゃった。アヤいつ寝たんだろ」
夕方にシャワー浴びてー、ドライヤーしてー、マニキュア塗ってー、乾かしてる間に寝っ転がってー……ここで寝落ちしちゃったのかな?
ガチャ、記憶を漁りながらふむふむと頷いていると、自室のドアが開く音。そして耳元で囁かれる静かな声。パパの声。
「綾斗、起きなさい」
「あーもーハイハイハイっ」
勢いよく起き上がって、部屋の入り口にある電気のスイッチをばちんと叩く。
明るく照らし出された室内に、声の主はもちろん居ない。ドアだってちゃんと閉まったまま。
だって室内に響き続けるパパの声も、ドアが開いた音も、全部アヤにしか聞こえない幻聴だもん。
『綾斗、』
「もーうるさいなあっ!」
ドスドスとカーペットを踏みつけながらベッドに戻り、枕元に投げ出されたポーチを拾う。中に詰め込まれた裸の錠剤を鷲掴んで口の中に放り込み、テーブルに置かれていた飲みかけの冷たいココアで無理やり流し込んだ。
『綾斗、起きなさい。パパと一緒に……』
「うるさい! それに今は綾斗じゃなくてアヤなの! ばかっ!」
声をかき消すように、空になったマグカップをテーブルに勢いよく叩きつける。
その衝撃で、側に置かれていたマニキュアのボトルがコロコロ転がって、ふわふわのカーペットの上に音も無く落ちた。
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