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「取り返して」
「ちいちゃーんっ。おじゃましまーすっ!」
「あっアヤおはよーっ。シャワー?」
「うんっお風呂貸してー……って、わ、わわわっ! 結城サンだあーっ!」
「おじゃましてマース」
いつもの日課。お風呂を借りにちいちゃんハウスに来た。アヤの部屋、シャワー壊れてるから。そしたら、ベッドに先客が座ってた。ちいちゃんの彼氏。結城翼サン。
「わあーっ。本物だ本物だあっ!」
「ちょっ、アヤ! ばらまくな!」
両手に抱えていた大量のアヒルのおもちゃを投げ出して駆け寄ると、クスクス笑いながら立ち上がる結城サン。
後ろでちいちゃんがまったくもー、とか言いながらアヒル達を拾って歩く。可愛い。
「はじめまして、結城翼です」
「アヤだよーっ。はじめましてっ!」
「アヤ……あ、もしかしてNo.1の子?」
「わーっ知ってるの? 嬉しいーっ。アヤも結城サン知ってるよっ。有名人だもんっ」
にこにこと差し出された手を、アヤもにこにこしながら握り返す。
と、アヒルの回収を終えたちいちゃんが目を丸くする。この顔も可愛い。
「え、翼さんそんな有名なんだ」
「当たり前だよーっ。結城サンってばゲイビ界では超有名な男優サンなんだから!」
「いやいや、スタッフと相手の子達のおかげだよ。俺はたまたま良い作品に出演出来た、ラッキーな男優ってだけ」
あれれ? 結城翼サンって言えば、実力も容姿も確かに最高だけど、性格は最悪な天狗男優って噂もあるんだけどな。
なーんだ、全然違うじゃんっ。
謙虚な姿勢で穏やかに微笑む彼は、どう見たって“良い人”そのもので。
「ふむふむ。イケメンだし謙虚で優しくて性格も最高っ。ちいちゃんにはもったいないね、うんうんっ!」
「えっ! アヤひどい!」
「アヤおじゃま虫だからカズの部屋でお風呂入ってくるね。二人でラブラブしててね!」
「ら、ラブラ……っ、アヤ!」
みるみる真っ赤になる顔と、馬鹿!のひとこと。うんうん、やっぱり可愛いっ!
――――――
「えへへ、ちいちゃん幸せそうで良かったっ!」
戻ったのは自分の部屋。シャワーは浴びられないけど暖かい浴槽いっぱいにアヒルを浮かべてまったり。
彼氏が出来た。しかもあの結城翼。そう聞いた時は大丈夫なのかなって、心配だったけど。
でもさ、凄くない?アヤがドタキャンしなかったらさ、あの2人はきっと結ばれないどころか、出会う事も無かったんだよ?アヤってば恋のキューピッドだね。
「クソが……ふざけんなよマジで、」
にこにこ呟いた声は、可愛くもなんともない、大っ嫌いな汚い“男”の声。でもシャワーの音にかき消されて、自分の耳にも届かなかったから特に問題は無い。
あーあ、サイアク。可愛くてキレイなちいちゃんが、あんな男の手に汚されるなんて。
と、部屋の方から自分を呼ぶ声。
「アヤー? いるー?」
「いるいるーっ。お風呂タイムだよーっ!」
ガチャ、とシャワールームの扉を開けて顔を出したのは佐伯さん。
「あと一時間で撮影な」
「はーいっ。てかね、佐伯さん。お風呂のシャワー直してほしいの」
「ん? 千尋に風呂借りてるからいいって言ってなかった?」
「うん、さっきも借りてきたんだけどね、彼氏サン居たからアヤお邪魔ムシだったの」
いつもはまったりお風呂浸かって、出てからも何時間もお茶とお喋りで楽しんでくるのに。またあの2人の幸せそうな顔を思い出して、なんだかもやもやする胸を押さえる。
そんなアヤ以上にもやもやを食らったのか、ぼんやり影を落とす佐伯さん。
「彼、氏……」
「あははっ。いちいち落ち込まないでよめんどくさいなあっ!」
「なっ……、だいたいアヤ! お前がドタキャンなんてするからこんな事に!」
「はあーっ⁉︎アヤのせいにすんのーっ⁉︎てか佐伯さんがさっさと告んないでぐずぐずしてるからいけないんじゃん!」
「……そ、れは……」
ああ、言っちゃった。言っちゃった。違うのに。佐伯さんがちいちゃんの事いっぱい好きだったのも、いっぱい悩んでたのも、好き勝手動けない理由も、全部知ってるのに。
ごめんね、なんか今日ダメだ。さっきからあの2人の幸せそうな顔が、頭から離れない。
「佐伯さんなら男1人オトすのなんて簡単な事でしょ。それなのにモタモタしてるから!」
「違う。あいつは……千尋は、そういうのじゃなくて……もっと大事に、傷つけたくなくて……」
「うっせぇな!それが何だ!あいつとくっついてたら意味無ぇだろうが!」
あーあ、感情剥き出しの汚い声。不安定。サイアク。涙出るし、馬鹿みたい。
「アヤ……」
「っ……ふ、えっ……ぅう~っ……」
「……」
「触るなばかあっ!ひぐっ、う……、」
湯船で膝を抱えて顔をうずめるアヤを、ぎゅうって抱きしめてくる佐伯さん。
びしょ濡れじゃんか。不憫な佐伯さん。
不憫で、馬鹿で、優しくて、大っ嫌い。
「ひぐっ、さえっ、さん……!」
「ん?どうした…?」
「お願っ……ちいちゃん取り返してきてぇっ……!」
わかってるよ。アヤじゃ駄目な事くらい、とっくに知ってる。でも必要なの。アヤには、ちいちゃんが必要なの。
「……了解、」
ちいちゃんが帰って来れば、きっとまた元通り。アヤは幸せになれるよ。
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