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「あいつらに聞かせてあげようか」
「あー……マジかよー……」
買い物帰り。ホテルのエントランスを抜け、ロビーに足を踏み入れた所で丁度扉が閉まってしまったエレベーター。ぐんぐんと上の階へと上がっていく表示を見てため息をひとつ。
待つのだるい。ツいてない。そう小さく呟きエレベーターの前でしゃがみ込もうとした時、ふと隅にある扉が目に入った。非常階段への扉。
覗いてみるとコンクリートが剥き出しのそこには、鉄筋の簡素な階段が最上階まで続き。
「……よし、」
俺の部屋は8階。このままエレベーターを待っていた方が絶対早い。
でもなんとなくその好奇心から、階段に足を向けた。
「……し、しんどい……」
階段を甘く見ていた。まだ5階なのに、なんだこの足の重さは……やっぱりエレベーター待っとくべきだった。
てか体力無さすぎだろ俺。いや、俺のせいじゃない! 全部翼のせい! ストレスでかなり痩せたし体力も落ちたし……うわ、駄目だ駄目だ。またネガティブになってきた。早く忘れないと。
思考が暗くなる前にぶんぶんと頭を振る。とりあえず呼吸を落ち着かせてから、また一歩踏み出そうとした時、
「ん……あ……っ!」
「……っ!?」
突然響いた濡れた声にびくりと肩を揺らして足を止める。
あ、喘ぎ声……?
恐らく階段のずっと先、上階の方から聞こえたそれ。姿こそは見えないが、簡素な造りのこの場所では声だけは筒抜けで。
「っ、はあっ…」
「んんっ……っ、ん……」
俺に聞かれてるなんて夢にも思わないだろう。どんどん盛り上がっていく声の主達。
誰だろう。こんな所で。もしかしたら撮影かもしれない。いや、どっちにしろここに居たらまずい。バレない内に早く引き返さないと。
そう解ってはいるものの、テンパった頭はぐちゃぐちゃで、足も固まったまま。
そんなパニック状態から呼び戻してくれたのは、まさかの人物だった。
「千尋のぞき?やらしー」
「ッ⁉︎ さっ、佐伯さっ……むぐっ!」
「シー。バレちゃうバレちゃう」
俺の口を塞ぎながらクスクス笑うのは間違いなく佐伯さんで。思わぬ状況の中で遭遇した思わぬ人物の姿に、心臓がバクバク騒ぐ。
「まさかこんな所で千尋に会うなんてびっくり。エレベーター使わないの?」
「きょ、今日はたまたま……てか佐伯さんこそなんでここに!」
「昨日飲みすぎたせいで二日酔いやばくて。今エレベーターなんか使ったら俺死んじゃう」
「……」
こいつ駄目人間だ。
ヘラりと向けられた笑顔に呆れながら、佐伯さんの手を引いて階段を引き返す。
が、逆に腕の中に引き寄せられて、抱きしめられる格好に。
「ちょっ、なに……」
「あれ? 最後まで聞いていかないの? 朝日達のセックスに遭遇出来るなんてレアだよ?」
「なっ……聞く訳無いじゃん! ほら早く戻……え? 朝日……?」
「うん、朝日とカズの声だよね。あの二人がこんな所で盛っちゃうなんて珍しい。最近忙しいし相当溜まってんだろうね」
何でそんな冷静なんだよ、とか。何で喘ぎ声だけで解るんだよ、とか。
色々突っ込みたいけど、でもよくよく聞いてみたら確かにそれはあの二人の声で。
しかも高い声で喘いでいるのはカズの方で。
「え、カズが……ネコ?」
「あれ? 知らなかった?」
「だって……朝日の方が、ネコっぽいじゃん…!」
三次元ホモには興味無い。だから今まで朝日達の性生活だって気にした事もなかった。
でも目つきも口も悪い元ヤンのカズと、それに慕ってニコニコと尻尾を振る年下の朝日。どう考えたってカズ×朝日の構図しか浮かばず……
「あっ……んんっ」
「……っ!」
階段に響いたカズの高い声に、一瞬で真っ赤になった顔を佐伯さんの胸にうずめる。
当たらないようにぎこちなく引いた腰もすぐにバレて、佐伯さんが太ももでぐりぐり刺激してくる。
「ふふ、硬くなってる。二次元BLにしか興味無いんじゃなかったっけ?」
「っ、そうだけど……!」
でも、身内のエロはまた別というか、気まずいというか、気になるというか……興奮、するというか……。
「……俺らの声も、あいつらに聞かせてあげようか」
「……っ……!」
ちくしょう駄目だ、ヤりたい。
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