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「好き」
「好き、って……本当にちいちゃんそんな事言ったわけ?佐伯さんの幻聴じゃない?」
「いや、あれは確かに“好き”だった。でもヤってる時だったし、てかイく寸前だったし……もしかしたら俺のチンコが好きとかそういう意味かもしれない……」
「あー、それはありえるね。アヤも佐伯さんのチンコは好きだけど、佐伯さん自体は別に好きじゃないしっ」
「あはは、くたばれ」
今日はイケメン君と撮影の日。
うきうき気分でメイクしてたのに突然の訪問者、佐伯さんからの恋愛相談。テンションは完全に素に戻った。
可愛いちいちゃんの可愛い恋バナならともかく、エグいおっさんのエグい恋バナなんか朝からごめんだ。
……とは言っても真相が気になるのも事実で。
「まあ、今度それとなくちいちゃんの気持ちも探ってみるよ。減るモンじゃないし」
「……」
「……なに?」
真顔で見つめられ、グロスを塗っていた手を止めて眉をひそめる。可愛いちいちゃんに見つめられるならともかく、可愛さの欠片もない佐伯さんに見つめられたって以下略だ。
「……いや、アヤはどう思ってんのかなって……」
「へ? ちいちゃんの事?」
「千尋が結城と付き合ってた時かなり荒れてたからさ」
「アヤもちいちゃん好きだよ? だけどそういうのじゃないんだよね~」
ちいちゃんは本当に大好き。一番好き。
だけどその“好き”はなんていうか……お友達? いや……
「観察したい、みたいな? 純粋なちいちゃんが隣居ると、アヤまで綺麗になったみたいで落ち着く」
「……趣味悪いな。メンヘラ野郎」
「あははっ! でもそんなかんじーっ」
呆れ顔の佐伯さんに笑いながらポーチを片付けていると、部屋のドアからノックの音。
「アヤー? いるー?」
続けて聞こえてきたのはまさに噂していた人物の声で。思わず佐伯さんと顔を見合わせてから慌てて部屋に迎え入れる。
「ちいちゃんいらっしゃーいっ。入って入ってーっ」
「お邪魔しま……あれ? 佐伯さんも来てたんだ?」
「うん、おはよう」
「おはよーございます。ねぇアヤ。この前借りた漫画の続きって……」
ぺこりと頭を下げてから、すぐにこちらに向き直るちいちゃん。佐伯さんを気にしている様子は無い。こんなんで恋愛感情なんかまったく感じ取れないけどな。でも、それなら“好き”なんて言うはず無いし……
うーん、ごちゃごちゃ考えんのめんどくさいや。
「ちいちゃんさ、佐伯さんの事好き?」
「ちょ、アヤ? お前さっき“それとなく探ってみる”って言わなかった?」
漫画を手渡しながら聞けば、きょとんと目を丸くするちいちゃん。そして少し考えながら、
「佐伯さん……? うーん、別に好きって程でもないけど……」
「はっ⁉︎ ち、千尋っ⁉︎」
「そっかあ。じゃあやっぱり佐伯さんの幻聴だねっ。新人さんの撮影の前に病院行ってきたら?」
「あはは……くたばれ……」
さっきより元気なくなってるーっ。しょんぼりうなだれる佐伯さんの肩をポンポン叩いて励ましていると、ちいちゃんが首を傾げる。
「新人さん?」
「ああ、うん。昨日発展場から拾って来た子なんだけど、今から撮る事になってて。千尋も混ざる?」
「なっ……! やだし!」
「アヤも混ざりたーいっ!」
「こら。お前は仕事行きなさい」
「ぶーぶーっ!」
佐伯さんにコツンと頭を叩かれてブーイングしていたら、今度はそこにちいちゃんの手が伸びて。
「アヤもこれから撮影なんだ? 頑張ってねっ」
「……うんっ! がんばるっ!」
ポンポン、と撫でられた頭と優しい笑顔。
よし、今日も1日がんばろーっと!
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