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「弥生といいます」

「千尋、来週の月曜撮影ね。竹くんとカラオケで『発情カップル盗撮』」 「はい……って、それって……」 「んにゃ? 前ちいちゃんがドタキャンしたやつ?」 「そう。どうしても外せないからリベンジよろしくだって」 「そうなんだ……うん。頑張ります」 「何だよちくしょう! 俺は駄目なのに竹くんとはヤるのかよ!」 「もーっ! 佐伯さんうるさい~っ!」  今日はオフ。暖房の効いたロビーでアヤとまったりくつろいでいると、エレベーターから降りてきた佐伯さんに絡まれた。  あなたが好きだから出来ません、とか。そんなふざけたこと知られたら失望されちゃうし、確実に引かれる。だから黙ってるんだ。そう自分の中で納得し頷いたところで、ようやく佐伯さんの後ろに縮こまる人影に気付いた。 「あ、れ? えっと……もしかして弥生くん?」 「んにゃ? 例の新人さん?」 「はっ、はい! ご挨拶遅れてすみませんっ! 弥生といいます!」  勢いよく頭を下げる彼に目を丸くしたのは佐伯さん。 「あれ? お前ら初対面なの?」 「そおだよーっ。佐伯さんがずっと弥生くん独り占めしてたんだからねー!」 「そうだっけ。ごめんごめん。弥生、この2人もここの男優さん」 「アヤさんと千尋さん、ですね。よろしくお願いしますっ」  にこりと向けられた笑顔はやっぱり可愛くて、心臓がドクドクと嫌な音を鳴らす。  ホラまた。こんな良い子なのに勝手に嫉妬して勝手に嫌いになって。弥生くんは何も悪くないのに……俺ってこんな性格悪かったっけ。 (うわ、駄目だ駄目だ、)  卑屈なネガティブ思考が出てくる前に、頭をぶんぶんと振って気持ちを切り替える。 「じゃあそろそろ俺行くけど、アヤ15時から撮影だからな?」 「むー! 心配しなくても、相手はイケメン君だからちゃんと行きますー!」 「それは良かった。じゃあ千尋も弥生もまたね」 「うん、お疲……」 「ボク駐車場までお見送りしますっ!」  お疲れ様です、そう返そうとした声は、隣で勢いよく立ち上がった弥生くんの声にかき消された。  お、お見送り……?ポカンと顔を見合わせてハテナマークを浮かべる俺とアヤ。当の弥生くんはその勢いのままパタパタと佐伯さんに駆け寄るが、それを苦笑いでやんわりと制され。 「ふふ、そんなのいいって。見送りとか俺どんだけ偉いの」 「でも、少しでも長くもっと一緒に居たいから……」 「あはは、ありがとー。でも外寒いからやめときな。じゃあね」  なんだこの状況は……。今時少女マンガの女の子でも言わなそうな甘ったるい台詞。それを笑って流し、颯爽と去っていく佐伯さん。残された弥生くんは泣きそうなしょんぼりフェイスで肩を落とす。  弥生くんってまさか、まさかっていうか確実に……  固まった空気の中、恐る恐る動いたのはアヤ。 「弥生くんもしかして……佐伯さん好きなの?」 「あ、はいっ! そうなんですよ~っ。佐伯さんに近づくためにこの会社入ったんで」  堂々とそう言い切ってニコニコと駆け寄ってくる弥生くんに、こちらがたじろいでしまう。 「わ、随分オープンだねぇ」 「はいっ。味方は多い方がラクなんでっ。アヤさんも千尋さんも……ボクの恋、応援してくれますよねっ?」  あまりに堂々と言い切った弥生くんに、もう一度アヤと顔を見合わせてしまう。  が、 「とっても可愛いお二人が恋のキューピットになってくれたら絶対うまくいきます!」 「とっても……可愛い……? 是非協力してあげるーっ!」 「ア、アヤ……⁉︎」 「やった! ありがとうございます!」  簡単に手玉に取られたアヤに呆然としていると、弥生くんはそのままニコニコと俺に笑顔を向けてきて。 「~~っ……お、俺も協力……するっ」 「千尋さんありがとうございますっ! ボク頑張りますねっ!」 「うん……頑張って、ね……」  どうしてこうなった。 ―――――― 「だから冗談だって~! アヤは弥生くんじゃなくてちいちゃんの味方だよ?」 「だって佐弥ラブラブ計画とか言って2人で盛り上がってたじゃんか!」 「だってあそこで火花散らせたってどうにもなんないでしょ?」 「う……そうだけど……」 「それにあの子面倒くさそうなタイプだから表面上だけでも仲良くしとかなきゃ~」  弥生くんと別れた後、机に顔を埋める俺の頭をポンポン叩きながら慰めてくれるアヤ。 「てかあんなあからさまな求愛態度に佐伯さんが気付いてない訳無いじゃん?それでも何も無いって事は脈ナシ確定っ」  アヤの言葉で一瞬かすかに湧いた希望だが、弥生くんの姿を思い出してすぐにまた真っ暗闇。 「駄目……弥生くん可愛いから佐伯さんなんかイチコロだよ絶対……」 「でもちいちゃんの方が可愛いじゃん」 「うぅ~お世辞いらない~」 「んにゃっ? お世辞じゃないよおっ! あんなニセモノに比べたらちいちゃんの方が何百倍も可愛いもんっ!」 「にせもの……?」  クッションから顔を上げ、キョトンと首を傾げた俺にアヤはにっこり笑って、 「あのパッチリおめめは目頭切開と埋没。ぽってり唇はヒアルロン酸か脂肪注入……どっちかな?あとは鼻にプロテーゼ。涙袋もニセモノ。あとあの丸顔にあの体のバランスは違和感ハンパない。だから骨もいくらか削ってそうだよねっ」 「ひいぃっ⁉︎」  俺のライバル、弥生くん。色んな意味で勝てる気がしません。

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