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あれから数日。秘策だのなんだのすっかり忘れた頃に事件は起きた。
「もー。本当にこの部屋で落としたの?」
「絶対そおだもんっ! ここ以外考えらんないっ!」
カーペットにぺたんと崩れ落ちたアヤはもう半泣きで。
俺にヘルプを出すまでどれくらいの時間1人で探していたのかは解らないが、撮影の開始時間はとっくに過ぎているらしい。いつもより気合いの入ったメイクが更に事態の悲痛さを強調させ。
その姿にいたたまれなくなりもう一度ベッドの下を覗き込んだところで、慌ただしく現れたのは佐伯さん。
「居た! アヤ何してんの! 撮影お前待ちだぞ!」
「うえ~ん佐伯さ~ん! カラコン落としちゃった~!」
「はあ!? カラコン!?」
遅刻の理由を聞いて力が抜けたのか、へなへなと壁に手を付く佐伯さん。
そう、カラコン。
今日のバッチリなギャルメイクにはかかせないらしく、その片方を落として見失ったアヤの右目は、確かにカラコン有りの左目と比べたら黒目が小さく見え、かなりの違和感。
だったら左目のそれを取れば済む話じゃん……。とは思っていても半泣きの彼の前では口に出せず。メイク命のアヤのことだから下手したらカラコン無いから撮影ドタキャンします、なんて展開も有り得る。
「ハァ……しょうがねぇな……」
佐伯さんもそんなアヤの性格を分かっているから、呆れた顔をしつつも部屋に足を踏み入れ、カラコン捜索に仲間入り。
と、それと入れ違うように佐伯さんの横をするりと抜けて部屋を出るアヤ。
――ガチャン
「あ?」
「え……?」
金属音に目を向ければもうそこにアヤの姿は無く。部屋に残された俺と佐伯さんは閉じられたドアをポカンと見つめる。
「今の音って……まさか鍵かけられた……?」
「“かけられた”って……俺ら部屋の中に居るんだから鍵なんて意味無いじゃん。それよりアヤは? なんで部屋出てっ……あれ?」
――ガチャガチャ、
佐伯さんの言う通りどうやら外から鍵をかけられたらしく、ドアノブを捻ってもドアは開かない。
そして半ば無意識に室内設置の鍵に伸ばそうとした手は空中でぴたりと止まった。
「鍵……どこ…?」
部屋の造りこそは様々なシチュエーションの撮影用に改装されているものの、ドアの造りなんてホテル内どの部屋も一緒の筈。
しかし通常ドアノブの少し下にある筈の鍵が、ここには無いのだ。
――ガチャ、ガチャガチャ
「あ、れ? うそ、何これ……出らんないじゃん……!」
「……ここ何号室だっけ?」
「え……?えっと確か9階の……8号室?」
「908号室……やられた……ここ監禁部屋だ……」
「か、監禁部屋っ!?」
呆然と呟かれた佐伯さんの恐ろしい言葉に思わず肩を揺らして身構える。監禁なんて物騒な……!
「そ、そんな部屋何に使うの!? ここも撮影用の部屋なの!?」
「いや、主にアヤがお気に入りのイケメンを閉じ込める用だね」
「ちょ、何それこわい」
一瞬にして飛んで行った緊張感にがっくりうなだれていると、ポケットに入れていた携帯が振動。着信の相手はもちろんアヤで。
「アヤ! 何してんの! 早く出し……」
『えへへ~アヤの秘策だよ~っ。佐伯さんと2人っきりになれたでしょ?』
「……えっ、あ……、」
秘策、2人っきり。完全に忘れてた数日前の記憶を思い出す。
『カラコンももちろん最初からアヤのポッケに入ってるから大丈夫っ! じゃあ撮影行ってくるから仲良く待っててねぇ~っ』
「ちょっ、アヤ待っ……!……切れちゃった……」
「あいつ何だって?」
「えっと、撮影はちゃんと行くみたい……」
「そっか。それは良かった」
そう微笑んで、椅子に腰を下ろす佐伯さん。スーツのジャケットを脱ぎ捨て、エアコンの暖房を入れ、テーブルにはパソコンや雑誌をテキパキと広げ出し、もう完全にまったりモードで。
「さ、佐伯さん……?」
「んー?」
「もっと焦ったりしないの……? 俺ら閉じ込められたんだよ?」
「でも相手はアヤじゃん。ただのイタズラでしょ? さすがに何日も放置、とかは無いだろうし撮影終われば戻ってくるんじゃない?」
「そうだけど……」
でも部屋に閉じ込められるなんて非日常な状況でなんでそんなに余裕なのか。俺なんて犯人はアヤだって解ってて、さらにその動機まで知ってるのにまだ心臓がバクバクして落ち着かない。
とりあえず佐伯さんを見習ってまったりモードに入ろうとベッドに座ると、ふいに佐伯さんがこちらを振り向いて。
「それに、密室で千尋と2人っきりとか、俺的には一番落ち着く状況だし」
「っ……、そ、そっか、」
「うん。千尋もまったりくつろぎな?」
一番落ち着く、って。
どうしよう、俺きっと今顔真っ赤だ、
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