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「はぁ……」  一向に減る気配の無い仕事の山に、本日何度目かのため息。今日も完徹、なんて悲しい事を考えながらキーボードを叩いていると、廊下から聞き慣れた足音。  死ぬほど待ち遠しかった足音。 「竹くん!」 「へ? ああ佐伯さん、お疲れ様っス」  部屋を飛び出して声をかけると、少し先を歩いていた竹くんが頭を下げる。  本当なら挨拶もそこそこにその右腕に抱えている茶色の封筒をひったくり犯の如く奪い取ってやりたいところだが、俺ももういい大人だ。ある程度のマナーはわきまえている。  こういう物は順序を踏まえて交渉しなくてはならない。 「お疲れ様。ねぇねぇ竹くん。撮影帰りだよね?」 「はい、今帰ってきたとこで……」 「そうなんだ。おかえり。大変だった? 本当にお疲れ様。ところで今日千尋の撮影だったよね? 援交企画のアレ。そうだよね? 千尋だよね? テープ今ある? え? もしかしてその封筒そうだったりする? うわータイミング良い! もし良ければそのチェック俺がやっていい? 別に大した理由は無いんだけどさ。竹くん忙しいでしょ? だから俺代わりにやっとくよ。今めちゃくちゃ暇すぎて死にそうだからさ!」  よし、来い。我ながら完璧に進んだ交渉に脳内で拍手を贈りながら、竹くんの前にピンと両手を差し出す。  そんな俺に一瞬ポカンと固まった後、呆れたように笑いながら封筒を渡してくれる竹くん。 「……ハイハイ。じゃあ全部お任せしますよ」 「やっ……たあ! 竹くんありがとう!」 「ったく……仕事はしっかりやって下さいよー?」 「頑張る! これがあれば何時間でも頑張れる!」  封筒を天に掲げながらうきうきと部屋に帰ろうとした所で、ふと竹くんが一言。 「そういえば今日の千尋くんめっちゃエロかったっスよ。男優からの評価も最高。佐伯さん何仕込んだんスか?」 「……? いや、俺は知らないよ?」 「あれ? 俺てっきり佐伯さんの仕業かと……じゃあ千尋くん自分で勉強でもしたんスかね。とりあえずお疲れ様でした」 「あ、うん。お疲れ様」  もう一度ぺこりと頭を下げて去っていく竹くんを見送ってから部屋に戻る。  勉強……? 千尋が? いや、それは無い。この業界に対してそこまで入れ込む気無さそうだし。  それにあいつはゲイビ男優でありながら、根本的に三次元ホモに興味は無いから。以前渡した先輩男優達のDVDはほとんど手つかずのまま部屋の隅に放置されているし、大好きなBL小説の知識だって、好奇心以外の理由で三次元に引っ張り出してくるような事はない。  作業途中で放置していた仕事をそのままに、パソコンにデータを移す。何はともあれ、俺は苦痛で長い今日1日をこの映像のためだけに過ごしてきたんだ。それが普段よりエロい千尋のオプション付きだなんて最高のご褒美じゃないか。  そう考えながら再生。  そして、すぐ異変に気付く。 『んじゃカメラ回しますね』 『お願いします』 「……?」  何だろう。いつもより少し声が高い。顔も若干赤みがかってる。落ち着きも無い……いや、興奮してる……?  次々に映し出される、きっと俺しか気付かないような千尋の小さな小さな変化。そこから考えた最初の答えは、撮影前のセックス。多分アヤとニャンニャンでもしてきたんだろうなって。  でもそれは映像を進めていく内に、新たな“最悪の答え”に消されていった。 『イっ、ひあ、あッあン!』 『っ、んんッ……』 『……はい、OKっスー。お疲……』  そこで途切れた映像と音声。真っ暗になったパソコンの画面をしばらく見つめながら小さくため息。  竹くんの言った通り、今までの千尋からは考えられないような成長。独学は確実に有り得ない。  一瞬結城に支配されていたあの1ヶ月間の調教が頭をよぎったが、千尋の様子からはあの時のような恐怖も不安も感じ取れない。寧ろ“友好的な誰か”からの調教を自主的に受けて育ったような。  まあ何があったか知らないけど、健全にエロくなってくれたからいいよ。  ……なんて、それで済む訳無いじゃん。悪いけど俺はそんなに善い人じゃない。 「……さて、あの馬鹿今度は一体どこの誰に汚されたのかな、」  千尋、千尋、千尋、  近くに居なくて良かった。だってホラ。溢れて止まらない嫉妬心。  今お前の顔見たら、きっとうっかり刺し殺しちゃう、

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