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距離感
――コンコン
「はーい……わ、佐伯さん」
「おはよう千尋」
「おはようございます。こんな時間にどうしたの?」
「あー朝早くごめんね。今大丈夫?」
「うんっ! 上がって上がってっ」
「撮影? 今から?」
思わぬ依頼に首を傾げれば、コーヒー片手に頷く佐伯さん。
「うん。撮影って言ってもただ新しいカメラの試し撮りしたいだけだから、作品になるかどうかは解らないけどね」
「試し撮り……」
「あ、嫌だったらいいよ? 他当たってみるし」
「ううん! 俺で良ければやりたい!」
「ありがとう。助かるよ」
優しく微笑みながら頭を撫でてくれる佐伯さん。
多分赤くなってるであろう顔を隠すように俯いて、机の下で小さくガッツポーズ。良かった。佐伯さんの役に立てた。弥生くんじゃなくて、俺が役に立てたんだ。
嬉しくてつい緩んでしまう口元を引き締め直して勢いよく頭を上げる。
「うんっ! じゃあシャワー浴びてくる!」
「ははっ。相手は竹くんだよ? そのままでもいいのに」
「駄目なのっ。すぐ行くから待ってて!」
「了解。急がなくていいからね」
クスクス肩を揺らす佐伯さんに背を向けシャワールームへ。
よしっ! 褒めてもらえるように頑張ろう!
――――
「あぁン……ッ、あっ、ひあぁッ!」
「っ、ん……!」
腹の上に自分の精液と、一瞬遅れて竹内さんの精液がかかるのを感じて目を閉じる。
そのまま余韻に浸っていると佐伯さんが頭を撫でてくれて。
「二人ともお疲れ様」
「んっ……お疲れ様です、」
「あぁー……マジ疲れた……」
「竹くん許可無しで二回もイったもんね。そりゃ疲れるよ」
「う、あ……すんません……」
ぐったりとベッドに沈んだ竹内さんに、佐伯さんが笑ってない笑顔でにっこり笑う。それをぼんやり眺めていると、いじけたように俺を指さして。
「だって千尋くんめっちゃエロいんスもん。俺のせいじゃ……」
「あはは、竹くん。他に言いたいことある?」
「俺シャワー浴びてきます」
勢いよく飛び起きて、ダッシュでシャワールームへ消えていく竹内さん。二人のやり取りにクスクス肩を揺らしていると、佐伯さんが俺の目線に合わせてベッド脇に腰をおろす。
髪を撫でていた手が俺の顔を優しく包んで、額にキスが落とされる。
「んっ……」
「でも竹くんの言う通り。エロいし可愛いし最高だった」
「……ほんと?」
「本当。ふふ、可愛い……」
褒められた。褒められた。佐伯さんに褒められた。
緩んだ口元を隠したくてシーツにくるまろうとするが、やんわりと優しく制され、ゆっくりと唇が重なる。
「んン……ん……っ」
「ちゅ、ン……千尋……、」
リップ音と共に顔中に落とされるキス。
至近距離で感じる佐伯さんの吐息にうっとりと目を閉じて甘い快感に浸る。
そしてその甘い唇が、耳元で、
「ダレに調教されたの?」
「っ……!?」
驚いて目を見開けば冷たい瞳と視線が絡む。
心臓がドクリと脈打つ。
「っ違、うっ、えっと……、っ、前にノルマで貰ったゲイビ!」
「……」
「あれ見て、俺でも出来る事あるかなって……考、えて……」
「……」
「……っ、あの……えっと、」
無言のままこちらを見据える冷たい瞳に耐えきれず、顔を逸らして俯いた。
シーツに押し付けた背中に、ジワリと嫌な汗が広がる。
ぎゅっと目を閉じてただただ佐伯さんの言葉を待っていると、ふともう一度額にキスが落とされて。
「そっか。偉い偉い」
「……っ……」
「ほら、千尋もシャワー浴びてきな」
「……う、ん……」
微笑みながら俺の手を引いて起こす佐伯さん。先ほどとは違う、いつもの優しい瞳。
(ごめんなさい、ごめんなさい、)
時間とともにいつの間にか薄れていた罪悪感が、何倍も濃くなってまた俺を襲う。
こんなの駄目だ。俺最低。佐伯さんを裏切ってる。駄目。駄目。
もう、終わりにしなきゃ、
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