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「アヤ。悪いんだけどさ、」
「にゃ? 佐伯さんどうしたの?」
「お前の大事なソレ。俺にも少し分けてくれない?」
驚いて見上げるが、そこにはいつもと変わらない貼り付けられたような胡散臭い笑顔。でも何故かいつもより悲痛さを感じて。
指をさされたバッグからピンクのポーチを取り出し、中にぎゅうぎゅうに詰め込まれたソレ――大量の精神安定剤の中から比較的弱めの数錠を選ぶ。
何も言わずに佐伯さんに手渡せば、ありがとう、といつもの軽いトーンで返された。
「……ちゃんと話してみたら? 教えてくれるかもしれないし……」
「まさか。また嘘つかれて終わりだよ。お前にだって隠し通してるくらいだし」
「アヤは……ちいちゃんの変化なんてなんにも気付かなかったもん……」
ちいちゃんを“どこか”に送り届けてきたらしい佐伯さん。乾いた笑いを零しながら煙草をくわえ、慣れた手つきで火をつける。
ずっと煙草やめてたのに。吸ってるとこ見たの何年ぶりだろう。
No.1ホストと、客にもなれないただの家出っ子。夜の街で出会った数年前の事を思い出しながら、真っ直ぐ上に進んでいく煙をぼんやりと眺める。
「はは、何様だよな…自分は千尋に隠してる事山ほどあるくせに、女も男も山ほど抱いてきたくせに。千尋の隠し事にはしつこく執着して……抱かれる事ひとつも許してあげられない」
「佐伯さんはずっと一方的に愛される恋愛しかしてこなかったから。愛し方が不安定なんだと思う」
「……こんなしんどいなら好きになんなきゃ良かった……」
そんな悲しいこと言わないで、
消え入りそうな声で呟かれた言葉に、何故かアヤの方が泣きそうになって。ごまかすように、手元の書類を指さす。
「それなあに?」
「これー?通話記録ー」
「え、まさか……ちいちゃんの?」
「うんっ」
にっこり笑う佐伯さんに、どうやって手に入れたの、なんて野暮な事は聞けない。アヤに弱音吐くくらいに追い詰められているとはいっても、目の前の彼が佐伯さんであることに変わりは無い。そう、腐っても弱っても、こいつはちいちゃんの専属ストーカーである。
「この番号アヤ知ってる?」
手渡された書類を受け取ってみれば、ここ最近の発着信は全て同じ番号で埋まっている。
「うーん……? アヤは見覚え無いなあ。かけてみたら?」
「んー……いや、もう少し調べてからにするわ」
そう言って立ち上がる佐伯さんに続き、アヤもポーチをしまって部屋を出る。
「これから仕事だっけ?楽しんでおいで」
「うん……アヤも、なるべくちいちゃんと一緒にいるようにするね」
「ん、ありがとう……、」
だから、そんな泣きそうな顔しないでよ。いつもみたいに余裕綽々で、飄々とした態度でヘラヘラ笑っててよ。
佐伯さんがそんなんじゃ、アヤまで不安定になる、
ひらりと手を振って去っていく佐伯さんの背中を見送りながら、先ほど自分用にもこっそり取り出していた裸の錠剤を数錠口に放り入れ、ジワリと噛み潰した。
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