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「ここだけで終わらせる? それとも事務所通す?」 「……」  この展開を覚悟していたのか、何の抵抗もなく従う青年。あの悪趣味なブログの削除も、何も邪魔されることなく淡々と行われた。 「俺はどっちでもいいけど」 「……ここだけでの処理……お願いします……」 「……了解、」  全てが消去された真っ白なページを閉じ、次はパソコン内の掃除に取りかかる。  ちらりと目を向けてみれば、魂の抜けたような顔で一点をぼんやり見つめる青年。  こいつが、千尋を、  脳内にどろどろと溢れる何かに気付かないフリをして作業を進める。ここでこいつをどうにかしたって何も変わらない。確実に溝を深めて離れていく俺と千尋の距離は縮まらない。  もう、修復出来るかどうかだって、 「ねーねー見て見てェ。いっぱい見つけター」  うきうきと寝室から出てきた伊織の手には大量のカメラ。それを一瞥した遠藤大地の目から、一筋の涙が流れる。悲哀か後悔か、それか別の感情か。 「……あれもこっちで処分するけどいい?」  静かにそう問えば、涙を流したままゆっくり頷いた。 ―――― 「なあんだ。あっさり終わっちゃっタ。切り刻んでほしかったナー。翼にやってくれたみたいにっ」 「どんだけ根に持ってんだよお前……」 「ウチの稼ぎ頭潰されたんだヨ? そりゃ根に持つよーお」  助手席で戦利品のカメラを弄りながらつまらなそうに唇をとがらせる伊織にため息をひとつ。  今まであいつのわがままっぷりを放置してきたお前らにも問題あるだろ。そう呟けば確かに、とにっこりと満面の笑みを向けてきた。 「でもさァ、オレただのマネージャーだしぃ? そこまで責任無いってゆうかァ……」  伊織の間延びした声が、何故かぼんやりと遠くに聞こえる。耳鳴りにかき消される。 (……クソッ、)  ズキズキと治まる事の無い頭痛に眉根を寄せる。やっぱり、ここ来る前にアヤの所に寄るべきだった。あんな弱くて小さな薬に頼るなんて、ヤク中じゃあるまいし。 「シュン君? ケータイ鳴ってるよォ?」 「……分かってる」  ふいに話しかけられ、ポケットに入れた携帯の振動に気付く。舌打ちしながら取り出してみれば、相手は今まさに思っていた人物で。 「アヤ……どうした?」 『ねーねー、今エラい人が来てちいちゃん撮影に連れてっちゃったんだけど』 「は……?」 『やっぱり知らないんだ。佐伯さん通してないって言ってたからおかしいなあって』 「……ありがとう、すぐ行く」  偉い人。いくつか思い当たる顔にもう一度小さく舌打ちをし、ホテルの方へと車を走らせる。  また千尋が汚される、  頭が痛い。嫉妬が溢れる。 「あのさァ、余計なお世話カモだけどぉ」 「……何、」 「今会わない方がいいんじゃなイ? なんかァ、勢い余って千尋クン殺しちゃいそー……って顔してるよ?」 「……それ良いね。そしたらもう誰も千尋に触れられない、」 「……」  冗談に聞こえないんだけど。そう呟かれた伊織の声も、甲高く響く耳鳴りにかき消されていった。  千尋、お前に言われた言葉そのまま返すよ。  なんで、俺じゃなくて、アイツを選んだの。  なんで、俺じゃ駄目なの。

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