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Club A(佐伯+竹内過去話)

「シュンさん、起きてください」 「ん……」  革張りのソファに沈んだ身体に軽く触れれば、煌びやかなライトに照らされた金髪がさらりと揺れた。  仰向けに寝転んだままゆっくりと瞼が開かれ、焦点の合わない瞳がしばらくぼんやりと天井を見つめる。 (綺麗な顔……、)  彼はこの店のNo.1だと聞いた。  美しく整った顔立ちに、ガラス玉のような冷たい瞳。  確かに顔だけで見ればどの先輩ホストよりもダントツで格好良い。  少し憂いを帯びた美しい横顔に思わず見とれていると、その瞳がふいにこちらに向けられて、 「見ない顔だね。新人くん?」 「はい。今日から入っ…」 「新人くん。迷惑じゃなければ、君の動脈切らせてくれない?」 「……」  綺麗な顔に見とれていた数秒前の自分を、目を覚ませとぶん殴りたくなった瞬間だった。  もちろんネタかと思ったが、丁重にお断りさせていただいた時のあのしょんぼりフェイス。あれはマジだった。 「ねぇねぇ竹くん見て見て。千尋がくれた」 「……良かったっすね」  あのイかれた先輩は、いつだったか俺を誘って職種を変え、今度はイかれた上司になってイかれた仕事をそつなくこなす。  そして今俺の目の前で、端が欠けたサンドイッチを手に頬を緩ませてはしゃぐ。  恐らく千尋君がひと口かじって、「まずい」だか「いらない」だか言って佐伯さんに押しつけたんだろう。  そんな残飯処理扱いの何が嬉しいのか知らないが、食いかけのサンドイッチを天に掲げながらくるくる回る。正直うざい。仕事の邪魔だ。 「やばいどうしよう。俺これもったいなくて食えないわ」 「……」 「うわーやばいやばいどうするどうする?」 「……ハァ、」  ため息をつきながらも自然と頬が緩む。  理由は分かってる。このイかれた上司の、誰よりも純粋で、誰よりも幸せそうな姿を見るのが嬉しいから。 「……幸せに、なってくださいね、」 「ん? 何か言った?」 「なんでもないっす。それよりサンドイッチ早く食わないと不味くなりますよ」 「……うんっ」  美しく完璧な所作。冷たい瞳。貼り付けたような笑顔で“嘘の本音”を並べる綺麗な声。  心もどっか欠けてたこの人が、どんどん暖かい人間に戻っていく。  それが、とても嬉しい。 「記念に軽く数十枚写真撮ってから美味しくいただこう。いや、それか冷凍保存で家宝として美しく残しておくか。んーとりあえず写真写真。確か撮影用の一眼レフがあった筈……」 「……」  うん、頭はまだイかれたままなのかもしれない。

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