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狂ってる、(アヤ暗)

「かわいー……」 「おい、アヤ?」  ふらふらと、視界の隅にとらえたショーウインドウに張りつく。  中に飾られているのは、細いベルトとゴールドの蝶のモチーフで飾られた黒のハイヒール。  繋いでいた手をショーウインドウのガラスにぴったりと付けて立ち止まってしまったアヤに、隣を歩いていたセフレ君が首を傾げた。 「買ってやろうか?」 「……」 「値段は……六万? 安いじゃん。ほら、入るぞ」  もう一度アヤの手を引いて、店内へと足を向けるセフレ君。 「……狂ってるね、」  後ろ姿をぼんやりと見つめながらそう小さく呟いた声は、賑やかな夜の街に溶けていった。 「アヤ、お前何してんの」 「……何してんのって……昨日のセフレ君とのデートを思い出してたの。佐伯さんこそ何勝手にアヤの部屋に……」  そこまで言ってやっと気付いた。  自分の右手が握っているカミソリに。 「……んにゃ?何これ?」 「こっちが聞いてんだよ。撮影時間過ぎても来ないと思ったら……」 「うそぉ。もうそんな時間?」  傍に落ちていた携帯を拾おうとした左手は、佐伯さんに掴まれて入念にチェックされる。 「……リスカなんかしてないよ」 「これからする所だった?」 「しないってばあ」 「じゃあこのカミソリは?」  真っ直ぐ見つめられて押し黙る。  ぐるぐる思考を回転させて“理由”を探してみたけどちっとも正解は浮かばなくて。 「……わかんない。気付いたら持ってた……」 「……」 「てか声かけられるまで、佐伯さん来たのも気付かなかったし……ぼーっとしてた」 「……早く準備しな、」  右手のカミソリを没収されるのと同時にぽん、と頭を撫でられる。悔しくて俯いたら、佐伯さんの足元に置かれた綺麗な箱が目に入って。 「あっ……思い出した。あのね、昨日セフレ君に靴買ってもらったのっ」  はしゃぎながら指をさすと、佐伯さんがその箱をゆっくり開ける。  中に眠っている新品のハイヒールはやっぱり可愛くて、蝶のモチーフがキラキラと輝いていた。 「これ? 可愛いね」 「でしょっ? 一目惚れしちゃったの。でもね、アヤの足じゃどうしても似合わなくて」  可愛いハイヒール。  可愛くないアヤの足。 「だからね?女の子みたいなシュッとして可愛い足を作ろうと思ったの」 「……アヤ、」 「だってそうしなきゃ似合わないでしょ?靴だって可愛く履いてもらわなきゃ可哀想だもん」 「アヤ、解ったから、」 「だからぁ、分厚くてシュッとしてないお肉も、骨ばったごつごつの関節も、可愛くない部分、全部全部全部、カミソリで削ぎ落とそうと……」 「アヤ!」  怒鳴られて、びくりと肩を揺らす。  首を傾げながら顔を上げれば、なんだか今にも泣いちゃいそうな佐伯さんの瞳と目が合って。  ふんわりと、抱きしめられた。 「……もう、いいから……、」 「……」  わかってるよ、自分が狂ってる事くらい。  何もかもおかしくなっちゃった。  どう頑張ったって、アヤは女の子にはなれないのにね、 「佐伯さんは泣き虫だなあ。アヤなんかに抱き付いてたら、ちいちゃんが妬いちゃうよ?」  肩にうずめられた頭を、今度はアヤがぽんぽん、と撫でてあげた。

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