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「……」
「……」
消毒を終えた肩の傷にガーゼがあてられ、それを丁寧に包帯で巻いていく佐伯さん。
こちらもしっかりと消毒され、絆創膏が貼られた指先をぼんやり見つめる俺。
互いに無言のまま時が過ぎていく。
(何か、喋らなきゃ……)
そう思ってはいても、未だに整理のつかない頭はさっきからあの光景ばかり思い出して。
丁度その時、包帯を留め終えた佐伯さんの指先が腕に当たり、大げさなくらいに身体が跳ねた。
「……ッ!」
「ご、めん……! 痛かった?」
佐伯さんの言葉に頭をぶんぶん振って否定する。
と、次に返ってきたのは悲しい問いかけで。
「……じゃあ……怖、い……?」
「っ……」
恐る恐る見上げてみれば、そこには泣きそうに歪んだ佐伯さんの顔。
なんでだよ。なんで佐伯さんがそんな顔すんだよ。ふざけんな。泣きたいのは俺の方だ。
あんな怖い思いして、死ぬかと思って、殺されるかと思って、泣きたいのはこっちだ。
そう大声で罵倒しようと開いた口から零れたのは弱々しい鼻声で。睨みつけようとした瞳からはボロボロと涙が溢れて。
「さえきさん、俺のこと、嫌いになった、の……?嫌いだから、刺そうとしたの、い、いらないから、殺そうとしたの……?」
「違、う……」
「違くないよ! だってさっき、佐伯さんが、佐伯さんが! ナイフ! 俺に……っ!」
「違う、千尋、聞いて、」
せっかくさっき泣き止んで落ち着いたのに、またボロボロと溢れる涙はもう止まりそうになくて。
だってさ、昨日俺にいっぱい話してくれたじゃん。佐伯さんの色んな事。佐伯さんが近くなって、あんなに幸せだったのに。今日からまたもっともっと仲良くなれるって思ったのに。
こんなのあんまりだ。
「千尋」
「っ……」
「……大丈夫だから、お願い。聞いて、」
優しく抱きしめられて、また涙が溢れる。
お願い、嫌いだなんて言わないで。
「昨日、俺の事色々話したよね?」
「へ……? う、ん、いっぱい教えてくれたっ……」
てっきり別れ話が始まると思ってたのに、いつもの優しい佐伯さんの、優しい声だった。
大好きで、離したくなくて、別れたくなくて、ぎゅっと背中に腕を回す。
「うん。だけどね、大事なこと一つだけ、話せなかった。千尋に嫌われたくなくて、話したくなかった。ずっと隠すつもりだった」
「……? な、に……?」
抱きしめる力がぎゅっと強くなった。
見上げてみれば涙で歪む視界の中で、目を伏せる佐伯さん。
そして、決心したように口を開いた。
「ヘマトフィリア。俺の狂った性癖」
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