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「……」  指先を優しく撫でられる。  何度も何度も撫でられたそこに、ゆっくりと刃が当てられて、滑る。 「……ッ、」 「痛いよね、ごめん……」 「い、痛くないっ……!」  強がりでも嘘でもなく、本当に痛くない。  ただ刃先が離れていくのと同時に指先から流れてきた血液に、思わず反射的に身体が大きく揺れる。  そんな俺を労るようにゆっくりと近付いてきた唇は、指先にキスを落としてから鮮血に触れる。 「……っ、」  赤。  赤く濡れる唇から、赤い舌が伸びて、俺の赤い血を舐めとる。  うっとりと目を細める佐伯さんは、そのまま俺の指先を口に含んで。  こくり、小さく喉を鳴らす。  いつの間にか、その動きの全てに、まばたきもせずに魅入っている俺がいて。 「ン……、ごめん、ありがとう」 「……」 「……千尋?」 「へっ!? えっ!? 何っ!?」  非現実的で幻想的な背徳感。  ふわふわとした感覚に浸っていると不意に現実に引き戻され、慌てて向き直る。  そんな俺に首を傾げながら、血液と唾液で濡れた指先を撫でる佐伯さん。 「本当にありがとう。ごめん。痛くない? 洗って消毒して絆創膏貼ろ?」 「お、俺は痛くないけど……佐伯さんは、その、もういいの?」 「とりあえず落ち着いたから大丈夫。逆にこれ以上は止まんなくなるから」  おいで、と優しく手を引かれ、ゆっくりベッドから立ち上がる。  が、歩き出そうとするその足を止め、そのままふらりと佐伯さんに抱きついた。 「ん、どうした……?」 「……ずっと一緒、」 「え?」 「血が好きと、狂ってるけど、ずっと一緒。捨てないし嫌いにならない」 「……ありがとう、千尋、」  抱きしめ返された肩越しに、まだ血が滲む傷口を見つめる。  背徳感に目が眩みそうになる。  ああ、俺もう佐伯さん無しじゃ生きていけないんだなって。頭の隅っこでそう思った。

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