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「アヤちゃん準備出来た? そろそろ撮影始めまーす」
「はーいっ」
今日の衣装は制服。もちろん男子の方。
どうせ五分もしない内に全部無理やり脱がされるんだから適当でいいのに。
そんな事を考えながら、アヤの首元で紺色のネクタイをきっちりと結んでくれる竹内くんを見上げる。
「あれ? なんか曲がるんすけど」
「もういいよーっ。曲がってたって誰も気にしないってば」
「いや、俺が気にします。もっかいやり直そ」
「あーっ!」
結び終わったばかりのネクタイがするりと外される。
もう撮影の準備は整っている。現場はアヤのネクタイ待ち。
「もー竹内くんの馬鹿ぁ! もたもたしてたらアヤが怒られるじゃんかあっ」
「だって曲がってたら気にくわないんすもん」
「だからあっ。ネクタイなんて誰も見てな……」
そこでやっと、ネクタイを結びながらちらちらと向けられる竹内くんの視線に気付いた。
そこにはぎゅっとポーチを握りしめるアヤの手があって、中のおくすりを無意識にポリポリと口に運ぶアヤが居て。
「………」
考えてみれば仕事に対して完璧主義な佐伯さんと違って、竹内くんはいつも適当だし几帳面でも何でもない。
以前撮影前に衣装にココアこぼしちゃった時だって、面倒だからって理由でそのままカメラの前に放り出されたし。
「……竹内くん、もういいよ」
「いや、駄目っすよ。まだ微妙に……」
「アヤが落ち着くまで、薬回るまで時間稼いでくれたんだね。ありがとう」
「……」
竹内くんは全部知ってる。
アヤの過去もトラウマも、不安定な精神状態も。
この着替え中の間に一体何錠飲んでたのか分からないけど、口の中はもうおくすりの苦味でいっぱいで。
その代わりに一切無くなった不安感と、鈍くなった感情と思考回路。
これならきっと怖くない。
「アヤはもう大丈夫だよ。ありがとう」
「……アヤ、」
「お待たせしましたあっ。よろしくお願いしまーすっ!」
何か言いたそうに眉を下げた竹内くんに背を向けて、出来るだけ明るくそう叫んだ。
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