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Aya-5-
「もう朝……」
今日も一睡も出来なかった。
幻聴が聞こえるから。夢でも現実でもパパに犯されるから。
もう何日寝てないんだろう。
朝から晩まで詰め込まれた撮影をこなして、帰ってきたらシャワーを浴びて、ベッドに入って眠れないまま朝を迎えて、また撮影。
毎日毎日同じことの繰り返しで、日付感覚も狂ってしまった。
「……」
顔を洗おうと向かったシャワールームの洗面台。鏡に映った青白くやつれた顔を見つめる。クマが目立つようになってきた。
(消さなきゃ……)
今日は何日なんだろう。
あと何日この生活が続くんだろう。
いや、今月が終わったって、来月もまた頑張らなきゃ追い抜かれちゃう。誰かに抜かされるまで、一生この地獄に居なきゃいけないんだ。
なら、もういっそ全部終わらせたら?
コンシーラーに伸ばしていた筈の右手は、気付けばカミソリをしっかりと握りしめていた。
「……」
左腕を目の前にかざす。何日もまともな食事をしていないから、ガリガリにやせ細った汚い腕。
リスカじゃ簡単に死ねないとか言うけどさ、今のアヤなら簡単だと思うんだ。だってこんな細い腕に包丁でもなんでも突き刺せば、動脈なんてあっという間に切れると思う。
そしたら血が止まらないようにお風呂に入って。肌がツルツルになる入浴剤を入れて、大好きな甘い香りのお香を焚いて、幸せな気分のまま死にたいな。
最期くらい、女の子のフリしたって怒られないよね。
ほら、このまま全力でさ。腕を切り落とす勢いで……
――コンコン、
「……?」
遠くから聞こえたノックの音に、ぼんやりしたまま顔を上げる。
これは幻聴じゃない。マネージャー? もう仕事の時間なの? 駄目だ。今自殺なんかしようとしたってどうせすぐ見つかって救急車で運ばれちゃう。入院なんかになったらNo.1取られちゃう。
――ガチャ
「……っ!?」
ノックを無視していたら突然ドアが開く音がして、びくりと肩を揺らして固まる。マネージャーには合い鍵なんか渡してない。昨日鍵かけ忘れた? そんな馬鹿な事しない。
じゃあ、あとは、アヤの部屋の合い鍵持ってるのは……。
「佐伯、さん……?」
「あれ? シャワー中だったんだ? お邪魔しまーす」
シャワールームのドアからこっそり覗けば、部屋のカーテンを開けながらへらりと笑う佐伯さん。
「何しに……来たの……?」
「マネージャーの仕事しに来たのー」
「マネージャー? だって、佐伯さんはもうアヤのマネージャーじゃ……」
「はいコレ、」
手渡されたのは三枚の書類。
また苦情?
ビクビクしながら一枚一枚目を通すと。
「……え? どういう、意味……?」
「おいおい。とうとう文字まで読めなくなったかヤク中」
「違っ……!」
「マネージャー交代のお知らせと、直近の売り上げ一覧と、今後のスケジュール表。なんなら全部読み上げてあげようか?」
もういちいち片付けるのも面倒になって、そこら中に散らばった薬のボトル。ベッドに転がっていたひとつを拾い上げ、楽しそうにカラカラと鳴らす佐伯さん。
「な、んで……」
「んー?」
「なんで、弥生くん……居ないの……?」
この数字が並ぶ用紙は、以前見せて貰ったものと同じだ。
その時アヤの下には僅差で追いついてきた弥生くんの名前があって、それが怖くてたまらなかった。毎日その名前に怯えながら過ごしてきたのに、小さな紙の上のどこにも見当たらない。
「弥生はクビになった」
「クビ……? な、なんで……」
「枕。大手事務所の社長との関係を調べてたんだけど、他にも監督やら人気男優やら色んな奴に手ぇ出してんのが分かって。社長が切れて問答無用で業界から追放」
クビ。枕。追放。考えもしなかった状況。
もう一度売り上げ表に目を通せば、アヤの下――No.2には見慣れた上位争い常連の名前。
しかしその横に並ぶ数字はアヤの売り上げの三分の一にも満たなかった。
今度はその数字に驚く番。
「う、そ……何これ……、」
「桁外れの1位。ここ最近の作品は全部過去一で飛ぶように売れてる。お前は知らなかっただろうけど、本部はもうずっとお祭り騒ぎだよ。これだけ売れれば上も満足したのか、休養期間でしばらく休み貰っといたから」
「えっ!?」
慌ててスケジュール表を確認すれば今日から一ヶ月真っ白になっていた。
「でも、今日もこれから撮影で……」
「ヤク中は物忘れが激しいな。もう一枚の書類は何だっけ?」
「マネージャーの……変更……」
「お前のマネージャーは誰になったの? お前の仕事は誰が決めるの?」
「さ、えきさん……っ」
顔を見上げればいつもの優しい笑顔を向けられて。
何故だか分からないけど、目頭が熱くなる。
「竹くんと千尋と朝日とカズ。四人にちゃんと感謝しろよ?」
「……何?」
「あいつらお前がボロボロになってんの見たくないって、自分の仕事も投げ出して毎日毎日弥生の枕の証拠集めて走ってた」
クスクスと笑いながら話す佐伯さん。
もう何日も見ていない、四人の優しい笑顔を思い出して、とうとう涙が溢れた。
「ふっ、うぅ……っ、馬鹿、じゃねぇの……?」
「んー?」
「ひっく、おまえら……みんな、マジで馬鹿だ……っ!」
「ふふ、伝えとくよ」
そう笑って頭をポンポン撫でてくる佐伯さんに、とうとう膝をついて泣き崩れる。子供みたいに泣きじゃくって、ボロボロと溢れる涙はしばらく止まらなかった。
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