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無欲=貪欲

「えぇっ!? 一ヶ月もえっちしてないの!?」 「そうなんですよね……カズさん淡白だから……」 「にゃー! 信じらんないっ。一ヶ月とかアヤだったら発狂してる!」 無欲=貪欲   「朝日がバーンと押し倒しちゃえば?」 「いえ、俺はカズさんに合わせたいので……」 「相変わらず忠犬だなあ」  こっそりと打ち明けた性事情に、目を丸くして頭を振るアヤさん。  体重はまだ戻らないらしく、元々華奢だった以前よりもさらに痩せ細ったままの身体と、ショートに切り揃えられたミルクティーブラウンの髪。  外見はまだ見慣れないが、こちらの話に身を乗り出してふむふむと頷く姿は以前のまま。 「だってさ、そんなにヤってないと溜まるじゃん」 「俺は撮影があるので溜まる事も無いんですが、カズさんは……どうなんでしょう……」 「絶対溜まってるって。カズなんて一人えっちとかするタイプじゃないし」  言われてみれば確かにそうだ。いくら淡白と言っても溜まるモノは勝手に溜まる訳だし、だからといってカズさんはそれを自分で処理するような人じゃない。  もしかして、俺以外の誰かに…… 「わっ! ちょっとアヤさん何するんですか!」 「朝日ー? 今変な事考えたでしょー?」 「う……」  ぼすん、と顔面に投げつけられたクッションをぎゅっと握りしめる。  図星だ。考えちゃいけない事を考えてしまった。一瞬でもカズさんを疑うなんて。 「カズは馬鹿で不器用だから、浮気もセフレも無理。朝日が一番分かってるでしょ?」 「は、い……でも……っ」 「でもじゃなーい! もーっ、仕方ないからアヤがお手伝いしてあげるっ」 「え? 手伝い、って……?」 「アヤにまかせなさーいっ!」  そう胸を張って無邪気にウインクするアヤさんに、今度は俺の方が目を丸くする番だった。  一人きりの寝室。遠くからはシャワーの水音。  液体の入った小さな小瓶を、手の平でコロコロと転がしながらため息を吐いた。 『じゃーんっ。媚薬なのだあっ!』 『これで淡泊カズ様も一撃で淫乱カズにゃんに早変わりーっ!』 『効果無くなるから薄めたりしちゃ駄目だからねっ』 『もちろん朝日が飲んじゃうのもアリだよっ』  アヤさんに手渡されたのは媚薬。これでもAV男優の端くれとして、その魅惑の薬の名前は聞いた事はあるが、実際目にするのはもちろん初めて。 「これを……カズさんに……」  大丈夫、なんだろうか。色々と。まさかアヤさんに限ってヤバい薬なんか渡して来ないし手も出していないだろうが、一般人が簡単に入手できるような代物でもないはず。  一体どこでこんな物を。どんな効果があるのか。その効果の強さは。まさか副作用なんかがあるかも。でもそうだとしたらアヤさんならきっと事前に知らせてくれる。 「どうしよう……」 「朝日。シャワー空いたぞ」 「わっ! は、はい!」 「あ? 何キョドってんだよ」 「い、いえ……! 何でもありません……っ!」  突然の声に振り向けば、濡れた真っ赤な髪をかき上げながら眉根を寄せるカズさんの姿。慌てて小瓶を隠そうとしたが、あっけなく見つかってしまう。 「何隠した。出せ」 「えっ、いえ、何でも……!」 「出せ」 「う……あの、えっと……」 「早く」  脅すように軽く睨まれて、おずおずと差し出した小瓶。それを手にとったカズさんは、さらに眉を寄せる。 「何だよこれ」 「えっと……」  どうしよう。どうしよう。  カズさんに嘘なんかつけない。でも事情をありのまま話したってきっと呆れられてしまうし、アヤさんの名前を出したら余計に話がややこしくなってしまう。  でも、 「……び、媚薬、です……」 「あ? 媚薬?」 「はい。余ったから、とスタッフの方にいただいて……」  これでなんとか逃げ切りたい。カズさんが機嫌を損ねて、今夜は別々に寝るハメになる事だけは避けたい。 「これ、お前は使ったのかよ?」 「あっ、いえ……、その、まだ……」 「……ふーん」  ぎゅっと目を瞑り、くだらねぇ、の一言を待つ。  が、小瓶をしばらく見つめていたカズさんの口から出てきたのは意外な言葉で。 「飲んでみようぜ」 「へ……?」  キュポンッ、軽快な音とともにコルクが抜かれ、辺りに甘い香りが広がる。 「ほら飲めよ」 「カ、カズさんっ?」 「早く飲め。俺の分も半分残せよ」 「っ……は、はい……っ」  目の前に差し出された小瓶を受け取り、ゆっくりと口をつけた。

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