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第一章・悠久の彼方に1
魔界・魔王の居城。
広間にはハウストとイスラと私、他にもフェルベオとジェノキスの姿がありました。
私は震えそうになる指先を握りしめ、ただ報告を待っていることしかできません。
横にいてくれるハウストが私の背に手を当てて労わってくれます。
「ブレイラ、顔色が悪い。少し休んでこい」
「いいえ、ここにいさせてください」
私は首を横に振って顔を上げました。
心配してくれる気持ちは嬉しいけれど、今はここにいたい。少しでもゼロスとクロードの情報に近い場所にいたいのです。
そう、ゼロスとクロードの居所を知るために。
今から三時間前、城のサロンにいたはずのゼロスとクロードが忽然と姿を消しました。
「ゼロス、クロードっ……」
唇を噛みしめる。
最後に目にしたゼロスとクロードの姿が目に焼き付いていて、胸が苦しいほど締め付けられる。だって、それはいつもの光景だったのです。ゼロスとクロードがお絵描き遊びをしている、そんななんの変哲もない日常の光景だったのです。
それなのにハウストとイスラと私が席を外した僅かな時間、ゼロスとクロードが忽然と消えてしまった……。
城中を探しても二人は見つからず、現在は四界中に捜索範囲を広げています。精霊界からフェルベオとジェノキスも深刻な事態を察して魔界に来てくれました。しかし……。
「ハウスト、二人が四界にいないというのは確かなことなんですか?」
「可能性の話しだ。俺もイスラも精霊王も四界にゼロスの力の存在を感じない。捜索させているが、おそらく……」
ハウストはそこで言葉を切りました。
でも言葉の意味は一つ。今、四界にゼロスとクロードがいないということ。
イスラとフェルベオとジェノキスを見ると彼らも困惑している。それは肯定ということです。
事態はとても不可解で奇妙でした。
ゼロスとクロードが消えた時、サロンにいた女官、侍女、護衛兵まで全て強制的な眠りに落ちていたというのです。そして黒衣の侵入者の存在。一人の女官が眠りに落ちる間際、黒衣を纏った侵入者を目撃したということでした。
でも、その侵入者の存在すら不可解なものの一つ。なぜなら、ここは当代魔王ハウストに守護された魔王の居城です。ましてや勇者イスラもいたのですから、魔王と勇者に気付かれずにこれほど大掛かりな事態を起こすなんて不可能に近いはずでした。
ふと広間にノックの音が響きました。
入室を許可するとフェリクトールが一礼して入ってきます。
「失礼するよ、禁書の異変理由が判明した。今回の一件に関係あるかもしれない」
フェリクトールが厳しい面差しで言いました。
ゼロスとクロードが姿を消す前、全巻揃った禁書が妙な魔力を帯びていると知らせを受けたのです。フェリクトールには禁書について調べてもらっていました。
「これを見たまえ。異変が発生した禁書の解読をしたら興味深いことが分かったよ」
フェリクトールが禁書をテーブルに広げました。
それは精霊界三大貴族筆頭イスター家が代々守り続けた最後の禁書。ジェノキスの父親である先代イスター家当主の命と引き換えに封印が解かれた禁書です。
「ここに描かれた魔法陣を見たまえ。禁書が放つ魔力の原因はこれだよ」
そう言ってフェリクトールが指したのは古代文字で描かれた複雑な模様の魔法陣でした。
魔法陣は淡く発光していて、なんらかの力の発動を感じさせます。
私は魔力ゼロということもあって魔法や魔法陣といったものに詳しくありませんが、この魔法陣の形は……。
「ハウスト、これは転移魔法陣に似ているような気がするのですが」
「ああ、転移魔法陣の原型というには……凄まじいな。これほどの魔力を内包しているとは」
「そんなに大きな力を持っているんですか?」
「そうだ、島一つくらい容易に転移させるほどのな。しかしこれの本来の力は物質の場所を転移させるためのものじゃない」
「それはどういう意味ですか?」
転移魔法陣とは空間転移のための魔法。行使者の魔力によって転移範囲も転移できる物質の量も違いますが、基本的にそういうものです。
でもハウストは厳しい面差しで魔法陣を見つめ、そして。
「この魔法陣は――――時空を超えるものだ」
「時空っ……」
『時空』その言葉の意味に息を飲む。
それは時の空間を超えるということ。
「魔法陣が行使された形跡がある。おそらく黒衣の侵入者は時空を超えてここにきた」
「ま、待ってくださいっ。それじゃあ、ゼロスとクロードはまさか……」
声が震えました。
考えたくない現実に全身の血の気が引いていく。だって、それが確かなら……。
しかし現実は無常で、ハウストが重く頷きました。
「そうだ。今、ゼロスとクロードは現在の四界には存在しない。こことは違う時空の四界に転移したと考えられる」
「そんなっ……」
目の前が真っ暗になる。突きつけられた事実に絶望しました。
それはこの世界のどこを探してもゼロスとクロードはいないということ。二人がどことも知れぬ世界でさまよっているということ。
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