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第一章・悠久の彼方に3

「イスラ、お願いします。あなたが私の為に反対してくれているのは分かっています。でもどうか、どうか私を十万年前に、ゼロスとクロードのいる時代に行かせてくださいっ。お願いします、お願いしますっ……!」 「っ……」  イスラが息を飲みました。  私の懇願にイスラは困惑するけれど、構わずに頭を深く下げ続けます。  私はゼロスとクロードを探したい。見つけたい。  あの二人は冥王と次代の魔王だけれど、まだ幼い子どもと赤ちゃんです。守ってあげなければいけません。その為なら、イスラの足元で地に両手をつけることも、額を地につけることも厭いません。  私はイスラの前で膝を折ろうとして、ハウストに腕を取られました。 「ブレイラ、もういい。あとは俺がイスラと話しておく」 「いいえ、私が」 「俺がする。お前は明日の準備でもしてろ」  ハウストが有無を言わせぬ口調で言いました。  そして私の肩に手を置いて、部屋の外に出るように促されます。 「ハウスト、あの……」 「大丈夫だ。今は気負いすぎるな、お前はゼロスとクロードが無事でいることを信じていろ。必ず二人に会わせる」 「…………。……分かりました。では私は先に失礼します。後はよろしくお願いします」  私はハウストにお願いすると、部屋にいる方々をゆっくり見回します。  精霊王フェルベオ、ジェノキス、フェリクトール、他の士官や禁書の研究者の方々に深くお辞儀しました。ゼロスとクロードを助けだす為、協力をお願いしたい方々です。  そして最後にイスラを見ました。険しい顔をしていて、何か言いたげに私を見ている。  私もイスラに言葉を掛けたくなったけれど、ハウストが首を横に振ります。  私は開きかけた口を閉じて、最後にもう一度お辞儀して部屋を退室しました。 ◆◆◆◆◆◆  最初にブレイラが部屋を退室し、次にフェルベオとジェノキスも扉に向かう。 「魔王殿、僕は先に禁書の魔法陣について研究者らと精査する。勇者殿との話しが終わったら来てくれ。時空転移を決行するなら僕の力も必要だろう」 「ああ、手を借りたい。面白くないが今回ばかりは事態が大きすぎる」 「気にするな。四界の一角、冥界の王がこのまま行方不明なんてことになれば、それこそ四界の一大事だ。これは冥界や魔界だけの問題じゃない、四界の問題だ」  フェルベオはそう言うとジェノキスや士官たちとともに部屋を後にした。  続いてフェリクトールも一礼して扉に向かう。フェリクトールは目を据わらせていたが、不機嫌なのはいつものことだ。ハウストは口元だけで笑う。 「悪いな、フェリクトール。しばらく魔界は頼んだぞ」 「……頭が痛いよ。だが、今回ばかりはどうしようもないことは分かっている。四界の王でなければ時空転移の魔法陣は扱えない」  フェリクトールは諦めた口調で言うと部屋を退室した。  こうして部屋にはハウストとイスラだけが残される。  ハウストはイスラを見て苦笑した。今にも殴り掛かってきそうな顔で睨んでいるのだ。 「怒るなよ、イスラ。殺気が混じってるぞ?」 「どうしてブレイラを十万年前に連れて行く! 行くのは俺やハウストだけで充分だろっ。危険だって分かっている場所にわざわざブレイラを連れて行くなんて、どういうつもりだ!」 「どういうつもりもなにも、ブレイラが願ったからに決まってるだろ」  当然のように答えたハウストにイスラの眼光が鋭くなる。  イスラはブレイラが大切だから連れて行くことを認められない。 「ふざけるなっ、ハウストだって分かるだろ! ブレイラは普通の人間だぞ!」 「今更だ、あれは結構無茶をするだろ。俺の知らない場所で勝手をされるよりマシだ」 「今回は今までとは違うっ。何があるのか予測ができない、そんな時代に行くんだ。ブレイラに何かがあった時にすぐに助けてやれないかもしれないっ。もしブレイラになにかあったらどうするつもりだ!」  イスラが激しく問いただした。  声を上げたその内容は尤もなもので、ハウストも同意できるものだ。  しかし今、ハウストはイスラを静かに見返していた。 「お前の怒りも疑問も尤もなものだ。俺も本音を言えばブレイラを連れて行きたくない」 「それならどうしてっ」 「――――イスラ、覚えているか? お前がまだ子どもだった頃のことだ。冥王戴冠に失敗し、冥界に子どもだったお前と赤ん坊だったゼロスが取り残された時のことを」  ふいにハウストが話しだした。  突然のそれにイスラが訝しむ。 「なんだ突然……」 「突然というわけではない。俺にとっては昨日の出来事のように鮮明に覚えていることだ」  ハウストはイスラと正面から向き合った。  まだ背丈はハウストに届かないが、ブレイラとは同じ目線だ。あと数ヶ月もすればブレイラの身長を超していく。最終的にはハウストと目線を同じくするほどの背丈になるかもしれない。その時のイスラは勇者としてだけではなく、一人の大人の男としてハウストと対等に肩を並べるだろう。  随分と大きくなったものだとハウストは目を細めた。  頼もしさを感じるとともに、これが自分の息子であることが誇らしい。歴代屈指の勇者になるだろう。  だが、そんなイスラの誇れる力もブレイラにとっては関係ないのかもしれない。  イスラは幼い頃から勇者として戦える力を持っていたというのに、ブレイラだけはイスラを普通の子どものように守ろうとしていた。まだ幼い勇者と赤ん坊の冥王を深く慈しんで、二人が傷ついてしまわないように、大切に大切に守ろうとしていた。  そう、ハウストの前で額を地につけ、守ってあげなければならないのだと懇願するほどに。  その時の光景が甦り、ハウストは静かに目を閉じる。  胸を抉られるような痛みを飲み込んで、ゆっくりと目を開いた。

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