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第一章・悠久の彼方に4

「ブレイラにとってはお前が勇者でも、ゼロスが冥王でも、クロードが次代の魔王でも関係ない。ブレイラにとってお前らは守るべき子どもだ。あの二年前の、お前とゼロスが行方不明になった時のブレイラを俺は二度と見たくない。二度とだ」  ハウストが真剣な面差しでイスラを見据えた。  ハウストには忘れられないブレイラの姿がある。それは二度と見たくない姿でもあった。  さっきブレイラを止めたのは、それをイスラに見せたくなかったからだ。それはイスラの中に後悔として刻まれてしまうから。 「俺がブレイラを連れて行く理由はそれだけだ。俺は決めている。ゼロスとクロードを見つけ出し、必ずブレイラの両腕に二人を抱かせると」  ハウストは誓うように告げた。  ゼロスとクロードはハウストとブレイラの第二子と第三子、父親として二人の息子を必ず助けだす。そしてブレイラの憂いを払う為、必ず二人をブレイラの両腕に抱かせる。  ハウストは真っすぐにイスラを見た。イスラは反対しているが、そんなことは関係ない。 「イスラ、お前も協力しろ。お前が心配するとおりブレイラを危険な目に遭わせることもあるだろう。俺一人でも充分守り抜く自信はあるが、お前も協力すればより確実だ。……まあ自信がないと言うなら仕方ないが」 「舐めるなっ、俺を誰だと思っている! 俺は勇者で人間の王、ブレイラの王だ! ブレイラを守るのは俺一人で充分だ!」  イスラは勢いよく言い返した。  聞き捨てならない言葉にハウストは面白そうな顔になる。 「無理しなくていいぞ?」 「俺は歴代最強になる男だぞ。ブレイラだけじゃない、ゼロスとクロードも俺が見つけてやる」  イスラが目を据わらせて言い放った。  自信に溢れた物言いは生意気だがハウストは嫌いではない。 「それなら決まりだな。ブレイラも十万年前に連れて行く」 「仕方ない、承知した」  イスラは少し面白くなさそうな顔をしながらも了承した。  反対する気持ちは消えないが、それでも行くというなら自分が守るまでだ。  こうしてイスラは納得したが、ふとハウストを見る。 「おいハウスト、それで二年前のブレイラはハウストにどんな姿を見せたんだ?」  肝心なことを聞き忘れていた。  ハウストが二度と見たくないとまでいうブレイラの姿、それがどんな姿が気にならないわけではない。  だが。 「言いたくない」 「そこまで話しといてそれはないだろっ」  ハウストの即答にイスラは声を上げた。  しかしハウストは素知らぬ顔で受け流す。聞けばイスラはハウストを殺したくなるだろう。ハウスト自身ですら自分を殺したくなるのだから。  話す素振りも見せないハウストにイスラは不満を覚えつつも諦めた。今はゼロスとクロードを見つけだすことが最優先なのだ。 「先に行くぞ。禁書の魔法陣を俺も確認しておきたい」  イスラはそう言うと自分も精霊王がいる部屋に行くことにした。  しかしイスラが部屋を出る間際にハウストが声をかける。 「イスラ、お前にも協力してもらうつもりだが、くれぐれも無茶するなよ?」 「なんだいきなり」  思わぬことにイスラがハウストを振り返った。  イスラの言動も振る舞いも大人びて、その戦闘力も歴代最強を目指すに恥じないもの。でも。 「俺とブレイラにとってお前も子どもだ。たとえ歴代最強の勇者になろうとな」 「っ……」  イスラが不意をつかれたように目を瞬いた。でもすぐにいつもの不遜な顔になる。 「……分かってる。当たり前だろ」  イスラはぶっきら棒な口調でそう言うと、ハウストも早く来いよと部屋を出て行った。  残されたハウストが喉奥で笑う。  無愛想な顔をしていたが、それが照れ隠しだということは分かっている。  ハウストは頼もしくなった長男のイスラに口元を緩めたが、ふと気付く。城内が、静かだ。  こんなに静かだと思ったのはいつぶりだろうか。 『ちちうえ~! クロードがぼくのハンカチかえしてくれないの! コラーッてして!』 『あぶ~、あーうー!』  バタバタと騒がしい足音が近づいてきたかと思うと、政務中のハウストの元にゼロスとクロードが駆け込んできた。  ゼロスはクロードとケンカをしているはずなのに、おもちゃ箱にクロードを入れてわざわざ連れてきている。 『クロードはいうこときかないんだから! もう、ダメでしょ!』 『あうー、あー、ばぶぶっ』  クロードが強気に言い返した。  しかし赤ん坊なので何を言っているか分からない。でも分からなくてもゼロスはムカッときたようだ。 『クロードのおこりんぼう! あかちゃんはおひるねでもしてなさい!』 『ばぶっ、あぶぶっ!』  対等のケンカだ。三歳児と赤ん坊が対等にケンカしている。  騒がしい二人にハウストは呆れたが、この後ブレイラが慌ててゼロスとクロードを回収しにきたのだ。  いつの間にか子どもの騒がしい声が聞こえるのが日常になっていた。  静かにしてくれと思うこともあったが、いざこうも静かになると……。  ハウストは行方不明になった次男と三男を思うと厳しい面差しになった。  ゼロスとクロードは三歳児と赤ん坊だが、冥王と次代の魔王だ。そう簡単に死んだり殺されたりすることはないはずだ。  しかし転移したのは十万年前という予測不能な世界。早く見つけてやらねばならない。 「……静かすぎるというのも味気ないな」  ハウストはぽつりと呟くと、時空転移魔法陣を発動させるために部屋を出たのだった。 ◆◆◆◆◆◆

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