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第一章・悠久の彼方に5

 ゼロスとクロードを追って十万年前の初代四界の王の時代へ行くことになりました。  出発は明日。反対していたイスラのことが気になりますが今は支度を急ぎます。  十万年前に行ったら現地調達が基本になるでしょうが、持っていきたい物がたくさんあります。コレット達に手伝ってもらいながら準備していました。  でもふいに手が止まる。ひとつ気になることがあるのです。 「コレット、少しここを離れます。ここを任せてもいいですか?」 「それは構いませんが、どちらへ」 「精霊王様のところへ。どうしても精霊王様に伺いたいことがあるんです」  今からハウストやイスラやフェルベオが禁書の時空転移魔法陣を精査する予定です。できればハウストとイスラの話しが終わる前に、フェルベオだけに聞いておきたいことがありました。 「畏まりました。しかし城内とはいえ護衛はつけさせていただきます」 「はい、お願いします」  私は苦笑して了承しました。  ゼロスとクロードが城内から忽然と消えたことで、以前に増して護衛兵をつけられるようになったのです。  私は部屋を出ると精霊王フェルベオが通されている応接間に向かいました。 「失礼します、ブレイラです。精霊王様に御用があって参りました」 「どうぞ、お入りください」  入室が許可されて応接間に入りました。  なかにはフェルベオとジェノキス、他にも精霊族の学者や上級士官らがいました。良かった、ハウストとイスラはまだ来ていないようです。 「母君、どうされました? わざわざ僕に会いに来てくれるとは」  フェルベオが椅子から立ち上がって迎えてくれました。  ジェノキスや上級士官らにも最敬礼で迎えられ、私はお辞儀して返礼します。 「突然お邪魔して申し訳ありませんでした。精霊王様にどうしてもお伺いしたいことがあり、こちらにお邪魔いたしました。……今よろしかったですか?」  そう伺って室内を見回しました。  ここには士官の他に研究者や学者がいます。禁書を精査している最中だったのでしょう。 「どうぞお気になさらず、母君をお待たせするつもりはありません。それに魔王殿や勇者殿には聞かれたくない内容のようだ。二人が来る前に終わらせましょう」 「……精霊王様にはお見通しのようですね」  そう、私がフェルベオを訪ねたのはハウストとイスラには直接聞けないことがあったからです。 「さあ、お掛けください」 「ありがとうございます」  私は礼を言って一人掛けの椅子に腰を下ろしました。  応接間にいた方々は禁書を精査する作業に戻っています。  明日の為にも今は最優先で時空転移魔法陣を解明しなければいけないのです。  そして私が聞きたいこともそのことでした。 「精霊王様、私に時空転移魔法陣のことを教えてください」 「いったいどうしました」  突然のことにフェルベオが訝しみました。  当然です。魔力ゼロの私は一切の魔法や魔法陣を使えないのですから。でもだからこそ聞きたいことがあります。 「ご存知のとおり、私は魔力がないので魔法や魔法陣というものに疎く、分からないことがたくさんあります。だから教えてほしいのです。先ほどハウストが時空転移魔法陣に触れた時、彼はひどく疲弊しました。あの魔法陣がどれほどのものか知りたいのです」 「なるほど、そういうことですか」 「はい、きっとハウストは教えてくれません」  私の視線が下がってしまう。  魔王ハウストは無尽蔵ともいえる莫大な魔力を持っています。そのハウストが時空転移魔法陣に触れたのは僅かな時間、でもそれだけで彼は大きな魔力を消耗しました。 「明日、ハウストは禁書の時空転移魔法陣を利用して十万年前に転移すると言っていました。それは……簡単なことではありませんよね?」 「そうですね、きっと命と引き替えになるでしょう」 「ええっ!」  あまりの驚愕に立ち上がりました。  でもフェルベオは淡々と続けます。 「時空転移魔法陣を発動させるには莫大な魔力を必要とします。この四界でこの時空転移魔法陣を発動できるのは、おそらく僕たち四界の王のみ。それほどの力を必要とする特別級の魔法陣だ。明日、魔王殿は発動と同時に魔力が根こそぎ刈り取られ、回復も間に合わずに細胞が死滅し、心臓も停止することになるでしょう」 「う、嘘ですよねっ。そんなっ……」  全身の血の気が引いていく。  莫大な魔力を消費することは分かっていましたが、それほどのものとは知らなかったのです。それなのに私はっ……。  あまりの動揺に青褪める。でもふいにジェノキスの呆れた声が割って入ります。 「おい、あんまりブレイラをいじめるなよ」 「ジェノキス……」  振り返るとジェノキスが苦笑していました。  フェルベオが面白くなさそうな顔になります。 「邪魔するなジェノキス。僕は嘘を教えているつもりはないぞ」 「言い方ってもんがあるだろ。ブレイラもそんな悲壮な顔すんなよ、大丈夫だから」  ジェノキスはそう言うと私に教えてくれます。 「たしかに時空転移魔法陣の発動は莫大な魔力が必要だ。いくら四界の王でも一人で発動させれば代償は大きい。命と引き替えになることは否定しない。でもそれは一人で発動した場合だ」 「それじゃあ……」 「ああ、今からこの時空転移魔法陣を精霊王と勇者も会得し、明日の発動を魔王と精霊王と勇者の三人で行なえばいい。そうすれば負担も少しはマシになるだろう。それが出来るか現在精査中だが、当代の精霊王や魔王や勇者ならおそらく一日で会得可能だ」 「精霊王様、それは本当ですかっ」  私はフェルベオに振り向きました。  とても期待に満ちた顔をしていたのかもしれません。フェルベオが肩を震わせて笑います。 「母君にそんな顔をされては裏切れないな。優秀な僕なら半日で会得してみせる。それは魔王殿や勇者殿も同じだろうが」 「ありがとうございますっ。……でも簡単なことではありませんよね」 「まあ、それは否定しない」  フェルベオが軽い口調で言いました。  なんともないことのように話してくれますが、時空転移魔法陣は少し触れただけで魔力を消耗させるものです。四界の王ほどの魔力を持っていなければ行使できないものなのでしょう。 「精霊王様、私になにか出来ることはありませんか? なんでも構いません、なにか……」  イスラは私が十万年前に一緒にいくことを反対しました。ハウストが説得してくれているけれど、イスラの気持ちは分かります。私だって自分が足手まといになることは分かっているのです。 「母君には母君にしかできないことがある」 「そう言ってくれますが、ハウストもイスラも精霊王様も大きな力を使ってくれるのに、私は何もすることができません」 「ならば眠らせてやるといい。母君も知ってのとおり眠って回復することしかできない」 「それは知っていますが、……それだけですか?」 「安心して眠れるというのは大事なことですよ」  そう言ってフェルベオが優しく笑ってくれました。  優しい回答に少しだけ気持ちが軽くなるけれど、それでも申し訳なさを覚えます。  そんな私にフェルベオは気付いてか、「母君、大丈夫ですよ」と穏やかに目を細めたのでした。

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