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第一章・悠久の彼方に7
「あ、おかしあるんだった! クロード、いっしょにたべよ。はいどうぞ」
「ばぶっ」
ゼロスはカバンから赤ちゃん用のお菓子を取りだしてクロードに渡した。
二人は焚き火の前にちょこんと座り、もぐもぐお菓子を食べる。クロードは赤ちゃんのお菓子、ゼロスは一緒に転移してきたお菓子だ。
二人はもぐもぐお菓子を食べながら焚き火を見つめた。
…………いつもとちがう。
いつもの野営では皆で焚き火を囲むのだ。父上と兄上が紅茶を飲みながら難しいお話しをしていて、それにブレイラが時折混じる。ブレイラが笑うと父上と兄上も優しい顔になっていた。
ゼロスは父上や兄上を真似したくて、ミルクたっぷりの紅茶を飲みながら『ふんふん、それでそれで?』と分かってる振りをして会話に割り込む。クロードもブレイラのお膝でちゅっちゅっと哺乳瓶でミルクを飲みながら『あうー、あー』となにやらおしゃべりしている。
そんなクロードを見るとゼロスは鼻で笑っちゃうのだ。だって赤ちゃんだからなにをおしゃべりしているか分からない。ゼロスは上手に父上や兄上の真似ができるけど、クロードは赤ちゃんだから真似っこなんて出来ないのだ。
でもブレイラはそんなゼロスとクロードの様子に優しく目を細めて、『ゼロスとクロードのお話しは面白いですね。もっと聞かせてください』といい子いい子と頭を撫でてくれる。ゼロスは嬉しくなって、楽しくなって、たくさんおしゃべりするのだ。
しかし……。
「ブレイラ、ぼくたちのことしんぱいしてるね……」
「あうー……」
「ちちうえとあにうえ、おそいぞっておこっちゃうかなあ……」
「あううー……」
今、焚き火の前にはゼロスとクロードだけ。
おしゃべりも二人だけ。『ゼロスとクロードのお話しは面白いですね』と笑ってくれるブレイラはいない。
おやつのお菓子はおいしいけれど、いつもよりおいしくない気がした。
「ごちそうさまでした」
「あぶっ」
二人はおやつを食べ終わると顔を見合わせた。
これからどうすればいいか分からない。
お城に帰りたかったけれど、明るい時間に辿りつくことは出来なかった。
ブレイラはきっと心配しているだろう。父上と兄上は『遅いぞ!』と怒っているかもしれない。でも夜の森は危ないから動き回ってはいけないのだ。ブレイラが言っていた。
それに、今日はたくさん歩いたので眠たくなってきた。気を抜くと瞼が重くなって、うとうとしてしまう。
見るとお腹がいっぱいになったクロードもハンカチをむにゃむにゃとしゃぶっている。赤ちゃんなので眠いのだ。
「クロード、ねむたい?」
「あぶー……」
「ちょっとだけねちゃおっか」
夜の森は少しだけ怖いけれど、野外で眠るのは初めてじゃない。ちょっとだけならきっと大丈夫。
もしかしたら眠っている間に、お城の誰かがゼロスとクロードを探して迎えに来てくれるかもしれない。
「ここでねよ。たきびあるからだいじょうぶ、ごろんってしよ」
「ばぶっ」
クロードがころんと寝転がった。
ハンカチをむにゃむにゃしながら丸くなると、あっという間にうとうと……。今日はたくさんハイハイしたし、たくさんおんぶされていたので疲れているのだ。
ゼロスはカバンからひらひらレースの白いハンカチを取りだした。ひらひらレースのハンカチはブレイラが選んだものだ。
「クロード、ハンカチどうぞ」
「あぶ? あーん」
「ちがうちがうっ。そうじゃなくて、こうするの」
ハンカチをしゃぶろうとしたクロードを慌てて止めて、それをお腹へ乗せてあげる。ハンカチをお布団にした。ブレイラが添い寝をしてくれる時、『お腹を冷やしてはいけませんよ?』とお布団の上からトントンしてくれるのだ。
「おなか、ひやしちゃダメなんだって。ブレイラがいってた」
「あうー、あー」
「だから、これはおなかにのせるの。わかった?」
「ばぶっ」
「ぼくもかしてね」
ゼロスはそう言うとカバンからハンカチをもう一枚取り出した。もちろんひらひらレースだ。
二人でころんと寝転んで、お腹にはひらひらレースのハンカチ。
今夜はブレイラの添い寝がないけれど、草の地面は硬いしチクチクするけれど、綺麗なひらひらレースのハンカチがあるから大丈夫。
「ひらひら、おしろのベッドみたいだね」
「ばぶっ」
「おむかえ、まだかなあ~」
「あうー……」
「ブレイラ、しんぱいしてるかなあ。ぼくとクロードがいなくて、ないちゃってたらどうしよう」
「あうーあー、あー」
「うん、はやくかえろ」
「あぶー……、あー……、……スースー」
「はやく、かえらないと……、……スヤスヤ……」
二人はおしゃべりしながら眠っていった。
今日はとても疲れたので瞼がすぐに重くなって限界だったのだ。
眠っている最中にきっとお迎えがきてくれる。
とても眠いので、お迎えがきて声を掛けられても起きられないかもしれない。でも次に目が覚めたらきっとお城のふわふわベッド。
柔らかなふわふわのお布団で目覚めると枕元にはブレイラがいるのだ。
『おはようございます。昨夜はどこへ行っていたんですか? 心配したんですよ?』
ブレイラは優しく声を掛けてくれて、いい子いい子と頭を撫でてくれて、額に口付けてくれる。くすぐったくなるほどゼロスに構ってくれる。
父上と兄上にはコラーッてされるかもしれないけれど、遅くなったのはゼロスなので素直にごめんなさいできる。でもそれでもコラーッてされそうになったら、ブレイラの後ろに隠れてしまおう。
心地よい眠りに落ちるなかで、ブレイラや父上や兄上のことを考えるとふわふわした楽しい気持ちになった。ふわふわふわふわ気持ちいい。
こうしてゼロスはお城に帰ってからのことを考えながらスヤスヤと深い眠りに落ちていった。
チチチッ。
小鳥のさえずりが聞こえる。
ゼロスとクロードは閉じた瞼に眩しさを感じてゆっくりと目を開けた。夜の暗闇が去って朝が訪れたのだ。
だが。
「…………」
目が覚めても城ではなかった。
ブレイラも父上も兄上もいない。
眠っている時にお迎えがくると思ったのに、ゼロスとクロードのところにお迎えは来なかった……。
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