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第一章・悠久の彼方に8

 翌日。  私は広間で出発の準備が整うのを待っていました。  今日は時空転移魔法陣を発動させ、十万年前へ転移するのです。そう、ゼロスとクロードを探しに行くために。  私は一枚の画用紙を見つめました。  画用紙にはハウストと私とイスラとゼロスとクロードの絵が描いてあります。それはゼロスが行方不明になった時にサロンで描いていた絵でした。  ゼロスの描いてくれた家族の絵。今、ゼロスとクロードはどんな気持ちでいるでしょうか。 「ゼロス、クロード……」  目を閉じて二人の名前を口にする。  お腹を空かせていないでしょうか、怪我をしていないでしょうか。きっと寂しがって泣いています。二人を思うと胸が潰れそうっ……。 「ブレイラ、入るぞ」  少しして部屋にハウストが入ってきました。  私は立ち上がって迎えます。 「ハウスト、お疲れ様です。どうですか、大丈夫そうですか?」 「問題ない。お前を呼びに来た」 「そうですか、では上手くいくんですね。ありがとうございます」  私はほっと息をつきました。  どうやら時空転移魔法陣は問題なく発動するようです。万が一の暴発を警戒してこうして私だけ別室で待っていたのです。  無事に準備が整ったことにほっとすると、ふとハウストが私の持っている画用紙に気が付きました。 「それはなんだ」 「ゼロスがお絵描きした絵です。見てください、上手に描けています」 「そうだな。……誰が誰だか分からないが」 「ふふふ、そんなことはありません。あなたはこれですよ」  小さく笑って一番大きな丸を指差しました。  ゼロスが描いてくれたのは家族五人の絵。そう、私たちの家族はハウストと私とイスラとゼロスとクロードの五人。誰一人欠けてはいけないのです。  私はゼロスの絵をテーブルに置きました。ゼロスとクロードと思われる小さな丸をそっと撫でます。  ゼロスの描いた絵は丸に棒が突き刺さった絵ですが、私には分かります。これはゼロスとクロードですね。 「二人は寂しがっています。早く見つけてあげないと」 「ああ、そうだな。二人に会ったらこれを渡そう」  そう言ってハウストが小さなケースを見せてくれました。  いったいなんでしょうか。首を傾げた私にハウストは口元に笑みを刻むとケースの中身を見せてくれます。 「これは、まさかっ……」  息を飲みました。  だってそこには祈り石の指輪が一つと、三つのペンダントがあったのです。 「ドミニクから今朝届けられた」 「ドミニク様がっ」  感激して胸がいっぱいになる。  クロードが家族に加わってすぐに新しい祈り石を採掘しに行きました。そしてハウストには新しい祈り石の指輪を、イスラとゼロスとクロードにもお揃いの祈り石のペンダントを作ってもらったのです。 「嬉しいですっ、クロードもきっと喜びます!」 「そうだな、五人揃った時に渡そう」 「はいっ!」  私は大きく頷きました。  絶対にゼロスとクロードを見つけます。早く見つけて抱き締めたい。ペンダントを渡したら二人はどんな顔をするでしょうか。きっと喜んでくれますね。 「ハウスト、ありがとうございます」  私はハウストへ手を伸ばし、彼の鍛えられた胸板にそっと触れました。彼を見つめたまま一歩足を進ませ、懐に身を寄せて顔を伏せる。肩口に頬を寄せて静かに目を閉じると、彼が両腕で私を抱き締めてくれます。 「ブレイラ、大丈夫だ。ゼロスとクロードは無事でいる」 「はい」  ハウストの真っすぐな言葉に私の強張りが解けていく。  あなたと私とイラスとゼロスとクロードと、また笑いあえます。きっと。 「ゼロスに会ったらたくさん抱っこして甘えさせてあげたいです。あの子は甘えん坊ですから」 「そうだな」 「クロードに会ったら、どこへ行っていたんだと怒られるかもしれません。赤ちゃんなのでなにをおしゃべりしているか分かりませんが、私たちきっとたくさん小言を言われますよ。だから、もうどこへも行きませんと約束してたくさん抱っこしてあげるんです」 「ああ、そうしろ」  私はゼロスとクロードにしてあげたいことを話しました。  それをハウストは静かに聞いて頷いてくれます。  そして。 「迎えに行こう」 「はい、迎えに行きましょう」  私とハウストは見つめ合って、誓いあうように言葉を紡ぎました。  必ず、必ずゼロスとクロードをこの手に。 「行くぞ、皆を待たせている」 「分かりました」  私は気合いを入れると、背中に大きなリュックサックを背負いました。  しかしそんな私にハウストが目を丸めます。 「おい、なんだその荷物はっ」 「昨日から準備した私の荷物です。行き先は十万年前ですから現在より不自由かもしれません。必要になる物もあるかと思って用意しました」 「それは分かるが、……ちょっと多くないか?」 「そうでしょうか、これでもだいぶ厳選したんですが」  背中を振り返ると、たしかに大きな荷物。私が背負っているリュックサックは子どもが入れてしまいそうなサイズでした。でもこれでも必要最低限の物ばかりなのです。 「いや、どう見ても多いだろ。どうしてそんな大荷物になるんだ、現地調達でいいだろ」 「たしかに現地調達することになりますが、これは必要な物ばかりです。あなたこそ十万年前を舐めてるんですか」 「な、舐めてるわけじゃないが……」  ハウストが微妙な顔になりました。  ちらちらリュックサックを見ていますが気付かない振りをします。彼は荷物を持とうとしてくれましたが丁重に断ります。これは私の役目ですから。  こうしてハウストと私は部屋を出たのでした。  部屋を出た私たちが向かったのは、城の玉座の真下にある地下神殿です。  そう、ここは魔王が特別な力を行使する為の神域でした。  ハウストとともに階段をゆっくり降りて、神域の扉が開かれます。  奥の祭壇の前には勇者イスラ、精霊王フェルベオ、ジェノキス、フェリクトール、コレット、他に将校や上級士官の方々がいました。

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