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第一章・悠久の彼方に9
「お待たせしました」
私がお辞儀するとイスラが側に来て迎えてくれます。
いつもと同じ様子なのに、少し苦々しい顔をしていますね。ハウストに説得されて私の同行を許してくれたと聞いていますが、それでも内心少し抵抗があるのでしょう。
「イスラ、認めてくれてありがとうございます。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします」
「ブレイラは迷惑じゃない。そんなことで反対したんじゃないんだ。俺はただ……」
「分かっています。私を心配してくれたんですよね? 私を思ってくれるあなたの気持ちに感謝します。そして許してくれたことも。一緒に連れて行ってくれて本当にありがとうございます」
お礼を言って笑いかけた私にイスラが優しく目を細めてくれました。
手を差しだされ、そっと手を置く。そうするとイスラが誓うように指先に口付けます。
「俺はブレイラの王だ。心配するな、俺がブレイラを守る」
「ありがとうございます。頼りにしています」
「ああ、当然だ」
イスラが力強く頷きます。
イスラの強い面差しに私も頷きました。不思議ですね、身長は同じくらいのはずなのに見上げるような心地です。
凛々しいイスラが頼もしくて私は表情を綻ばせました。
でもふとイスラは私の背負ったリュックサックに気付くと目を瞬きます。
「ブレイラ、それは……」
「見てのとおり荷物です。必要になると思うので十万年前に持っていきます」
「えっ……」
イスラがリュックサックを凝視しました。
その様子にハウストが「はっきり言ってやれ」と小声でイスラに言っています。なんですか、しっかり聞こえていますよ。
「……イスラまで多すぎると言うんですか?」
じっとイスラを見つめました。
ムッとする私に目が合ったイスラは一瞬たじろぎましたが。
「俺は丁度いいと思う。十万年前に行くなら必要だよな、ブレイラは準備がいいから安心だ」
すぐに認めてくれました。しかもキリッとしたかっこいい顔で。
やっぱりイスラは分かってくれたのですね。ハウストが「イスラ、お前という奴は……」と愕然としていますが、……どういうつもりか後で聞かなければいけませんね。
こうしてイスラが私の荷物を許してくれました。それどころか小さく苦笑しながらも助けてくれようとします。
「ブレイラ、重いだろ。俺が持つ」
優しいですね、ありがとうございます。
でも私はリュックサックを背負ったまま首を横に振りました。
「いいえ、これは私が持ちます。これは私が出来ることで、私の役目です」
そう言うとイスラに笑いかけました。
イスラは少し困った顔になりましたが譲りません。だって、これを譲ったら私は何をすればいいのです。
「今から行くのは十万年前です。大変な場所に連れて行ってもらうんですから、せめて私が出来ることは私がさせてください」
「ブレイラ……」
「荷物すら持てないなんて、あまりにも情けないじゃないですか。ね?」
私は私の出来ることをします。
十万年前へ行ったらハウストやイスラにたくさん助けてもらうことになるでしょう。きっと迷惑だってかけてしまいます。だからどんな些細なことでも自分にも出来ることをしたいのです。
「イスラ、諦めろ。俺も断られた」
ハウストがイスラにそう言うと、次に呆れたような顔で私を見ます。
「お前は頑固だからな。しかも面倒くさい」
「どういう意味です。でもこの役目は譲りません。イスラも分かってくださいね?」
そうお願いすると、イスラは渋々ながらも頷いてくれました。
「……分かった、ブレイラがそう言うなら。でも疲れたら言ってくれ」
「ありがとうございます」
私はイスラに礼を言うと、精霊王に向き直りました。
今回、十万年前に行くのはハウスト、私、イスラ、そして精霊界からもう一人。精霊王の隣に控えていた精霊王直属護衛長官ジェノキスが前に進み出ました。
「精霊界からはジェノキスに行かせる。僕も行きたかったが、四界の王がこの時代から一人もいなくなるというのも問題だからな」
精霊王がそう言うとジェノキスが恭しくお辞儀します。
ジェノキスに差し出された手に手を置くと、唇を寄せられて挨拶されました。
「ジェノキスも一緒に来てくれるんですね。あなたも来てくれるなら安心です」
「俺こそ同行できて光栄だ。俺の目的は謎が多い初代時代を明らかにすることだが、もちろん冥王様と次代の魔王様を探すことにも協力させてもらう」
「ありがとうございます。感謝します」
ジェノキスの首にはイスター家当主の証であるペンダントが掛けられていました。
それがジェノキスの十万年前に行く理由なのですね。
精霊界からも派遣されるのは四界のバランスを保つ為です。四界は強力な結界に隔たれていることもあって、険悪で不干渉の時代が長く続いたのです。しかし当代になってからは親交が結ばれ、民間でも少しずつ交流が広がりだしました。そのこともあって、こういった四界全土に影響するような事態には四界の王が関わることが決まっています。
今回、精霊界は謎多き初代時代の解明を目的にしています。そしてジェノキスにとっては父親である先代当主の為。ジェノキスは知りたいのでしょう、初代精霊王と精霊界三大貴族の関係を。
「精霊王様、ご負担をお掛けしますがよろしくお願いいたします」
私はフェルベオに深く頭を下げました。
そして次にフェリクトールやコレット、他にも将校や士官たちを見ます。私たちが十万年前に行っている間、この時代の魔界を任せることになるのです。
「フェリクトール様、よろしくお願いします。行ってきます」
「ああ、行ってきたまえ。今回ばかりは君の無茶も目を瞑ろう」
冥王と次代の魔王が行方不明という事態は四界全土に影響する一大事です。いつもは私の無茶に渋面をするフェリクトールですが今回ばかりは例外ということ。
私も頷いて答えると、次はコレットを見ました。
コレットは心配そうな顔をしながらもお辞儀します。
「ブレイラ様、どうかお気をつけて。御無事のお帰りを皆で待っています」
「はい、いってきます。私のいない間はよろしくお願いします。それともう一つ、マアヤとユラに伝えてください。ゼロスとクロードは必ず連れて帰るので二人を迎える準備をしておくようにと」
「ブレイラ様……」
コレットが息を飲みました。
今回、ゼロスとクロードが行方不明になったことで城内は大きな騒ぎになりました。ゼロスの世話役マアヤとクロードの世話役ユラは深い自責の念から、自分自身に謹慎を科したのです。
「お願いしますね、コレット。二人に声を掛けてあげてください。動揺している他の女官や侍女にもお願いします」
「分かりました、マアヤとユラに伝えます。他の女官や侍女にも必ず伝えます。ブレイラ様の御心に感謝いたします」
コレットが深々とお辞儀しました。
感謝しなければならないのは私の方です。コレットがいるから私は王妃の役目を果たすことができるのです。女官や侍女の方々が支えてくれるから、私は魔界の王妃であることができるのです。どれだけ感謝しても足りません。
こうして別れの挨拶を終え、出発の時間がきました。
「行くぞ、ブレイラ」
「はい、よろしくお願いします」
ハウストと私とイスラとジェノキスが祭壇の前に立ちました。
ハウストとイスラとフェルベオが魔力を高めると、私たちの足元に時空転移魔法陣が出現します。
複雑な模様の魔法陣が光を放ち、神殿が眩いほどの光に包まれる。
この魔法陣は四界の王でも一人で発動させれば命を代償にするほどのもの。しかし今、魔王ハウストと勇者イスラと精霊王フェルベオの魔力が一つになって時空転移魔法陣を発動させます。
――――ピカリッ!!
強烈な光が放たれ、視界が光の渦に塗り潰されました。
目を開けていられないほどの光にぎゅっと目を閉じる。
少しの間をおいて光が収まって、おそるおそる目を開けました。
そして息を飲む。視界に映った世界、そこは十万年前の初代四界の王の時代でした。
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