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第二章・四界の神話2

「レ、レオノーラってなんですかっ。初対面の相手に失礼でしょう……!」 「どういうことだ……?」  声をあげた私にデルバートは驚いたようでした。  私の顔をじっと見つめたかと思うと、次にふっと肩から力を抜きます。 「……すまない、人違いをしていた」 「人違い……?」 「ああ、よく似ていたんだ。怯えさせて悪かった」 「怯えてませんけどっ……」  そう言い返しながらもほっと息をつきました。  私に迫ってきたデルバートの形相はとても必死なもので、その真剣さが少し怖かったのです。  人違いが判明して安堵したものの、私はハウストの側へ行きました。この場所が一番安心です。  しかしデルバートの意識がさり気なく私に向けられて、……居心地の悪さを感じます。どうしてでしょうね、そこからは未練にも似た切なさを微かに感じるのです。そのレオノーラという方と私はそんなに似ているのでしょうか。  でもふいに、私とデルバートの間にハウストが壁のように立ち塞がりました。 「おい、あまり見るなよ。生憎だが俺は自分の妃を他の男に無遠慮に見られて喜ぶ趣味はない」 「お前の妃……?」  デルバートが顔を顰めました。  デルバートが私とハウストを見て面白そうに目を細めます。 「別人とはいえ面白くないものだな。他の男の妃でも関係ない、戦場で捕えれば俺の捕虜になる」 「ほ、捕虜っ……」  その言葉の意味に青褪めました。  捕虜なんて絶対に嫌です。  そしてそれはハウストの逆鱗に触れるもの。 「イスラ、ブレイラを連れてここから離れてろ」 「分かった。ブレイラ、行くぞ」 「え、ええっ、でも……」  私は困惑しましたが、ジェノキスが大丈夫だからと軽く笑います。 「ブレイラ、俺が残る。後で合流するから心配するな」 「分かりました、お願いします。ハウスト、ジェノキス、気を付けてくださいね!」  私がそう言うと、イスラがここから離脱するために剣に魔力を集中します。  そして剣を一閃して魔力の竜巻を発生させ、強引に道を切り開きました。 「ブレイラ、行くぞ!」 「はい!」  私はイスラの後について駆けだしました。  駆け去る私とイスラにデルバートの部下たちが慌てだす。 「逃げやがったっ。魔王様、追っ手を差し向けましょうか!」 「いや、追わなくていい。この男を始末すればあれは俺の捕虜になる」  デルバートが大剣を出現させてハウストと対峙します。  私は走りながらも振り返って、二人の高まる闘気に唇を噛みしめました。  ハウストは時空転移魔法陣を発動させたばかりで普段よりも魔力を消耗しているはずなのです。回復もままならない状態なのに初代魔王と戦うことになるなんて……。 「ハウストっ、ハウスト……!!」  堪らずに彼の名を呼びました。  その声にハウストは背中を向けたまま片手をあげてくれる。私の呼びかけに応えてくれたそれに胸がいっぱいになっていく。 「待ってますからね! 必ず戻ってきてください!!」  ここは四界ですが私たちの知っている四界ではありません。  そして世界に唯一の存在である四界の王が、今はハウストたち以外にもいるという複雑な状態。今までも多くの困難があったけれど、今回は今までと明らかに状況が違います。だって、この世界に頼れる者などいないのですから。 「ブレイラ、今はここを離れることだけ考えろ! ハウストなら大丈夫だ!」 「はいっ……」  イスラに声を掛けられて前を向きました。  ハウストのことが気になるけれど信じるしかありません。今は一刻も早くここを離れなければなりません。私が近くにいると邪魔になってしまう。  私たちの後方で爆音があがりました。魔法陣を展開して激しい戦闘が始まったのです。  そして前を走っているイスラも剣を振り翳し、離脱する為の道を作ってくれる。戦闘は気になるけれど、私とイスラは戦場から離脱したのでした。  戦場から離脱した私とイスラは森に入りました。  森に潜んでハウストとジェノキスが戻るのを待つことにしたのです。 「ブレイラ、こっちだ。足元に気を付けろ」 「はい」  慣れない森に困惑しながらも歩きました。  森育ちなので抵抗はありませんが、この森の植物は私が見たこともないような種類のものを多く見かけます。初代四界の王が生きているこの時代は創世期の後期にあたる時代で、森も原生林のような状態でした。  この光景だけで、この時代が私たちの知っている時代ではないことを思い知らされます。  ハウストなら大丈夫だと信じていますが相手は初代魔王、心配と不安で落ち着きません。 「……ハウストは大丈夫でしょうか」 「あの場所で二人が本気で戦うとは思えない」 「そうかもしれませんが、今のハウストは時空転移魔法陣を発動させた影響で魔力を消耗しています。あなただってそうでしょう」  私は前を歩くイスラの腕を捕まえました。  イスラは掴まれた腕をそのままに私を振り返ります。  優しく目を細めているのに、少し困った顔をしているのは私の心配が当たっているからですよね。 「イスラ、守ってくれてありがとうございます。でも今は少し休みませんか? ハウストもあなたも自分のことも考えてください」 「……ありがとう。でもブレイラはそんなこと心配しなくていい。ゼロスとクロードのことだけ考えてろ」 「そのこととハウストやイスラを思うのは別です」 「同じだ。俺とハウストだって目的は二人を見つけだすことだ。でもここは俺たちの時代の四界じゃない、俺とハウストは捜索だけに集中することはできないだろう。だからブレイラだけはゼロスとクロードのことを思っていろ。大丈夫だ、俺とハウストが必ずブレイラにゼロスとクロードを抱かせてやる」 「イスラ……」  言葉が出てきません。  こんな状況だというのにハウストとイスラの優先順位は明確で、今の最優先を間違えない。

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