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第二章・四界の神話3
「そうでしたね……。……分かっていたのに、私がいたから森に逃げることになってしまって、それなのになにもできなくて……。ごめんなさい、動揺してしまいました」
「謝るな、ブレイラにはいつも感謝してる。俺たちがこうしていられるのはブレイラがいるからだ。――――だから!!」
ふとイスラの表情が変わった、その刹那。――――ザンッ!!
イスラが私を引き寄せたのと同時に、剣を一閃して真空の刃を発生させる。それは私の背後の空間を切り裂きます。
ドサドサドサドサッ、ズドオオォォォォン……!
背後に立っていた森の木々が倒れました。
「だから、今は下がってろ」
「イ、イスラっ……」
突然のことに驚きました。
イスラはぴりぴりした闘気を纏わせて、私の背後を睨み据えています。
私は急いでイスラの背後に下がりました。
「出てこい、いつまでこそこそ隠れてるつもりだッ!」
ビュッ、グサリッ! 巨木に短剣が突き刺さる。イスラが腰の短剣を素早く投げたのです。
空気が震撼するほどの緊張が走りました。
そして巨木の影から「やれやれ……」と巨漢の男が現われる。
「荒っぽいことしやがる。人間も魔族と精霊族の戦況を見物に来たんじゃないのかよ」
男は軽い口調で言いながらも深々と突き刺さった短剣に快活に笑いました。粗野な雰囲気はありますが、筋骨隆々の体躯と精悍な顔立ちの男です。
イスラは剣を構えて男を警戒する。私の目にも分かるほどの警戒、それは男から尋常でない力を感じているからでしょう。
「貴様、何者だ。魔族や精霊族、人間でもないなっ……」
「おいおい、お前こそなに言ってだよ。俺を知らないだと? なんの冗談だ。ちょっと前の戦場で会っただろ」
男が呆れた口調で言いました。
まるで私たちを知っているような口振りで、私とイスラは顔を見合わせます。
そんな私たちに男も不思議そうに目を瞬きましたが、少しして納得したように頷きました。
「ああ悪い、お前イスラじゃねぇな。ちょっと顔が違う」
「なんだと? 俺はイスラだ」
しかし今度はイスラが不快そうに返します。
イスラなのにイスラでないと言われて不機嫌そう。
「どういうことだ……。でもお前はレオノーラだろ?」
今度は私を指差されましたが違いますよ。
しかも『レオノーラ』の名を耳にするのは二度目です。そんなに似ているのでしょうか。
「私はレオノーラではありません。ブレイラと申します」
困惑しながらも名乗りました。
だって私はレオノーラではありません。
でも。
「…………」
「…………」
「…………」
ダメです。私たち、さっきから何一つ嚙み合っていませんね。
少しして男は空を仰いで大仰にため息をつきました。
「……なにがなんだか分かんねぇ……」
「それはこちらのセリフです。あなたこそ名乗ったらどうですか」
「仕方ねぇな……。俺はオルクヘルム、幻想王だ」
「「幻想王!?」」
私とイスラは驚愕しました。
男は初代幻想王オルクヘルムだったのです。
私たちの時代は冥界と呼ばれている世界は、元は幻想界と呼ばれる世界でした。一万年前に神になろうとした幻想王が他の四界の王に世界ごと封じられ、幻想界は冥界となったのです。私たちの時代に冥界の封印が解かれましたが消滅し、そしてまた新たな冥界が創世しました。
「あなたが幻想界の初代幻想王様なのですねっ……」
「ほんとに知らなかったんだなっ」
オルクヘルムは少し驚きを通り越して感心した顔になりました。だから最初から別人だと言っているのに。
「それじゃあ、なんでここにいるんだ。見てのとおりこの近くでは魔族と精霊族の軍が交戦を開始した。用もねぇのにのん気にうろうろしてる場所じゃねぇだろ。巻き込まれる前にさっさと帰れよ?」
オルクヘルムがそう言うと、もう用はないとばかりに立ち去っていきます。私たちが知り合いではなかったので興味をなくしたようでした。
しかしオルクヘルムに興味はなくても私たちには聞きたいことがたくさんあります。
「待ってください! 子どもを見ませんでしたか!?」
「子ども?」
オルクヘルムが立ち止まってくれました。
大雑把な印象はありますが悪い人ではないようです。
「はい、三歳くらいの子どもと赤ちゃんです。ゼロスとクロードという名で、とても可愛い子どもと赤ちゃんなんです! 身長はこれくらいで、黒髪で、この世界のどこかにいるはずなんです!」
私は身振り手振りも加えてゼロスとクロードのことを伝えました。
記憶のどこかに引っ掛かっているならなんとか思い出してほしくて、細かな特徴を幾つも上げます。
「悪いが、そんなガキは見てねぇな」
「ではどこかで話しを聞いたりしませんでしたか? 見慣れない子どもがいたとか、迷子の子どもがいたとか、それらしいことを耳にしませんでしたか!」
どんな些細なことでも構いません、二人の情報が欲しいのです。
私は必死に聞きだそうとしましたが、オルクヘルムは呆れたようなため息をつきました。
「お前ら本気で子どもが見つかると思ってるのか?」
「え?」
「悪いがどこの集落や村に行っても浮浪児や孤児がごろごろいるんだ。子どもと赤ん坊がふらふらしてても誰も気にしねぇよ。どっかで野垂れ死んでたとしてもな」
「な、なんてことをっ……! 訂正なさい! ゼロスとクロードは生きてます! 生きて、私たちが迎えに来るのを待っています!!」
カッとして声を上げました。
相手が初代幻想王でも関係ありません、ゼロスとクロードは生きてます! 絶対に生きています!
でもそんな私をオルクヘルムは嘲笑いました。
「馬鹿か、この世界ではどこに行っても戦争だ。魔族か精霊族か人間か俺たち幻想族か、誰かが世界の覇権を握るまでな。そんな大戦の真っただ中でいちいち子どもに構ってる奴なんているわけねぇだろ」
「っ……」
オルクヘルムの言葉に息を飲む。
初代四界の王の時代がどのような時代か、それは最初から分かっていたことでした。私たちの時代のように世界を隔てる結界がないこともあって、領土拡大のための大戦が繰り広げられた時代。この厳しい戦火の中でゼロスとクロードは彷徨っているのです。
背筋にゾッとした恐怖が走り抜ける。あまりの不安に震えましたが、ふとイスラに手を握られました。
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