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第二章・四界の神話4

「ブレイラ、そんな男の言葉を真に受けなくていい。ゼロスとクロードなら乗り切れると信じろ。だからそんな顔をするな」  イスラはそう言うと私の頬を指で撫でました。  私の不安と緊張を宥めようとするそれに心を落ち着けます。 「ありがとうございます。イスラ、あなたの言う通りです」 「不安になったら俺に言え。全部否定してやるから」  イスラの強気な言葉に少しおかしな気持ちになりました。  だってあなた、とても賢いのに言っていることがめちゃくちゃです。でも嬉しい。小さく笑った私にイスラが安心したような顔になりました。 「イスラ、あなたはいつも私を救ってくれるのですね」 「当たり前だ。俺はブレイラの王だ」 「はい、私の王様」  照れ臭そうなイスラに目を細めます。  イスラはとても頼もしい勇者に成長しました。でも私は気を付けなければいけませんね、私が不安になるとイスラを心配させてしまいます。  ……ふと気付く。見られています。すごく見られています。こうした私とイスラのやり取りにオルクヘルムがなんとも奇妙な顔になっていました。  腕を組んで「ふむ……」と頷きながらも、興味深そうに、でもやっぱり奇妙そうに見ています。  居心地悪いそれに私は顔を顰めてしまう。 「……なんですか、なにか言いたいことでもあるんですか?」 「いや、顔が似てるせいで変な気になってな……」 「似てるって、……それはレオノーラという方のことですか?」 「そうだ。だが顔が似てても全然違うな。少なくともレオノーラは笑わないし、雰囲気も暗くて取っつき難い。いつもイスラの後ろで目立たないように控えてる奴だ。あんたみたいに煩くない」 「煩いって……」  ムッとしてしまいます。もっと別の言い方はないのでしょうか。  でもオルクヘルムに他意はないようで、しげしげと私とイスラを交互に見ます。  その視線にイスラは不愉快そうに目を細め、私を隠すように前に立ってくれました。 「あんまりじろじろ見るな」 「そりゃ悪かった。お前も『イスラ』だよな?」 「ああ」 「なるほど、イスラとブレイラか。ワハハッ、俺の知ってるイスラとレオノーラとは随分と違う」  オルクヘルムはおかしそうに言いました。  私とイスラは顔を見合わせてしまう。  でもこの時代、『レオノーラ』という方はともかく『イスラ』の名は一人しかいません。 「……オルクヘルム様のおっしゃるイスラとはこの時代の勇者のことでしょうか」 「なんだ、やっぱり勇者イスラのことは知ってんのか」 「はい、一応……」  返事に困りました。  私のイスラも勇者です。でもこの時代よりずっと先の十万年後の勇者。オルクヘルムの知っている勇者は初代勇者のこと。  私は困惑していましたが、イスラが当然のように口を開きます。 「俺も勇者だ」 「ああ、そのようだな」  オルクヘルムは軽く笑って納得しました。  ……どうしましょう。快活なオルクヘルムはとても大雑把そうに見えるのに、頭の回転は速いようです。さすが初代幻想王。  私の方が慌ててしまう。だって私たちはこの時代の人間ではないのです。それを易々と打ち明けてしまってもいいものなのでしょうか。私たちはゼロスとクロードを探しに来ただけで、二人を見つけたら元の時代に帰るのですから。 「あの、オルクヘルム様の知っている勇者と、ここにいる勇者は別人で、どちらが本物か偽物かというわけでもなくて」 「ああ、分かってる。俺の知ってるイスラじゃねぇが、お前も本物の勇者だ。勇者と同じ力を感じる。……だが、お前ら何者だ? 奇妙な転移魔法陣が発動したのを感じていたが、それはお前らのものか?」  オルクヘルムがあっさり核心をつきました。  同じ四界の王同士ということもあって、イスラが本物の勇者だと気付いているようです。そしてどこか別の世界の勇者であるということも。  私は迷いましたが話すことにしました。これ以上隠し通せるものではないでしょう。きっとうすうす察しているでしょうから。 「その通りです。私たちは時空転移魔法陣を発動させて、ゼロスとクロードを探すために十万年後から来ました」 「……そういうことか」  オルクヘルムは驚いた顔をしましたが、すぐに受け入れて納得してくれました。  私はそれに驚いてしまいましたよ。初対面の人間に十万年後の未来から来たと告げられてあっさり信じるなんて……。 「信じてくれるんですね……」 「驚いたが、それならその男の勇者の力も納得できる」  オルクヘルムはそう言うと私を見ました。  イスラを未来から来た勇者と認めたものの、私の存在については謎のようです。 「それで、お前は? そっちの勇者とどんな関係なんだ」 「私とイスラは親子です。ね、イスラ」 「ああ、そうだ」  笑いかけた私にイスラも優しく目を細めて頷いてくれました。  私はイスラが卵だった時も赤ちゃんだった時も子どもだった時も今も、どんな時もずっと一緒でした。私とイスラは間違いなく親子です。  しかし。 「う、嘘だろ?」  私の答えにオルクヘルムがあんぐりとしました。しかも、そんなバカなと首を横に振ります。  その反応にムッとしてしまう。私とイスラは親子です。 「嘘ではありません。イスラの親は私だけではありませんよ、イスラの父親は私たちの時代の魔王ですし、弟だって二人います。私たち家族です」 「ち、ちょっと待て、意味が分からん……。ちょっと整理させろ」  オルクヘルムは頭を抱えてそう言うと、「勇者の父親が魔王と人間の男で、弟がいて、家族で……」とぶつぶつ言ってます。  でも少しして考えるのを諦めたのか、やれやれ……と頭をかいて私たちを見ました。なんだか愉快そうな顔をしているのは気のせいでしょうか。 「まったく、いったい十万年後はどうなってるんだ。こっちじゃ考えられねぇよ」 「私たちの時代でもこれは特異なことですよ。でも家族になれました。こちらは……四界大戦中でしたね」 「まあな、他の王とは戦場でしか会ったことねぇよ。しかもこっちの勇者とレオノーラはあんたらとはまったく違う。この前の魔族と人間の交戦ではレオノーラは勇者に戦場で置き去りにされたあげく魔族の捕虜になってたみたいだからな。レオノーラは自力で勇者のところに戻ったって聞いたが、戻ってきたレオノーラを勇者は殺そうとしたって話しだぜ? 傑作だよな! ワハハッ!」  オルクヘルムが笑いながら話しました。  傑作だよなと笑っていますが笑いごとではありません。  容赦ない内容に驚きましたが、そんな私にイラスが慌てて言い募る。まるで身の潔白を証明するように。 「ブレイラ、俺はそんなことしないっ、そんなことしないぞ! 戦場に置き去りにしないし、ブレイラが捕虜にされたらどんな手段を使っても必ず奪い返す!」 「イスラ、ありがとうございます。あなたを頼りに思っています」 「ああ、当然だ。俺と初代勇者は違う!」  イスラがキリッとした強い面差しで言いました。  とても整った容姿をしているので真剣な顔がかっこいいですね。 「素敵ですよ、イスラ」 「光栄だ。ブレイラに褒められることがなにより誇らしい」  見つめ合って言葉を交わす。  これは私とイスラにとってはいつものことでしたが……。「……これはこれで問題だな」とオルクヘルムが平たい目になっていました。

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